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神様の手のひらのナカ
「うあっ!?」
白澤は店の扉を開くと、素っ頓狂な声を上げて目を見開いた。丁寧に叩かれた扉の音と目の前にいる男の姿が、頭の中で一致しなかったからだ。しかし、相手の正体が大嫌いな者だと分かると、一瞬にして顰めっ面になって眉間の皺がこれでもかと刻まれた。
嫌な顔をされた男――鬼灯は、そんな表情にも眉一つ動かさないで白澤を見やった。
「なんて顔してるんですか、白豚。」
「白豚いうな!!なんだよ、ノックなんてするから、誰かと思ったじゃないか。まぁ、お前もとうとう常識ってやつを学んだってこと?」
「いつも通り扉を壊して差し上げた方が良かったですか?」
ブンブンと風を切る音をさせて、鬼灯が金棒を振り回す。
「んな訳あるかっ!!」
すぐにでも有言実行しそうな相手の言動にギョッと目を剥いて、白澤は大きな声で否定した。
「たく、何しに来たんだよ。頼まれてた薬は期限がまだだから、出来てないよ」
なんとか扉を死守した白澤は大きなため息を吐き、ガリガリと三角巾から出ている後頭部を掻きながら店の中へ入っていく。その後ろで、ふと白澤の首筋を見た鬼灯がようやく表情を曇らせた。店内には、白澤と鬼灯以外誰もいない。
「桃太郎さんは?」
「今日と明日は休み。シロちゃんがぎっくり腰になっちゃったんだって。お見舞いついでに看病しに行くってさ」
鬼灯は店内を見渡し、誰も居ないことを目視して、さらに言質を取ってから後ろ手でそっと鍵を閉めた。ゆっくりと白澤の後ろに立つ。気配を感じた白澤が振り向こうとした瞬間、ガブリと項に噛みついた。
「ん? …―――― っっイ!!?」
鬼灯の白くて鋭い牙がずぶっと肉に食い込む。歯と肉の隙間から鮮血がじわっと溢れた。あまりの痛みに白澤は涙目になり、噛みつく相手を振り払おうと腕を勢いよく鬼灯に向けて振る。しかし、呆気なく大きな手に阻まれてしまう。思いの外、牙はすぐに抜かれ、ホッとしたのも束の間、ひょいっと腹の辺りを片手で掴まれ、荷物のように肩へ持ち上げられる。
「へ?え、ちょちょっちょっと、なになになに???」
「ブーブーブーブーうるさいですよ、白豚」
ジタバタと暴れる白豚――もとい白澤をもろともせず、慣れた手つきで鬼灯は寝室に白澤を運んだ。桃太郎が綺麗に整えたと思われるベッドの上に、白澤を乱暴に投げつける。ギシッとスプリングが悲鳴を上げた。
偶蹄類よろしく四つん這いになった白澤の背中に勢いよくのし掛かると、自分よりは少し細めの手首をベッドに縫い付けた。
「なんだよ、急に。なに、ヤりたいの?だったらもうちょっと優し … っぶ!」
「黙れ」
後頭部ごと掴まれ枕に押しつけられると普段のバリトンよりもさらに低い声音が、白澤の耳元に届く。怒っている時の声音に、ゾクリと背筋が震える。
やばいと思った瞬間に、下半身は熱くなり出した。
「ひっ、あ … っあ、ぐっひぃう!」
肉と肉がぶつかり合い、粘ついた液体が掻き回される。派手な水音が部屋中に響いていた。尻のみ高く上げられ、シーツに縫い付けられるようにして、白澤は後ろから激しく突かれる。使い込まれた太い肉棒が、何度も擦られて赤く膨れた後孔から見え隠れしている。薄っぺらい白澤の腹の前で、鬼灯よりやや小ぶりのペニスは持ち主の揺れに合わせて宙を舞っている。先走りだけでなく、何度も絶頂を迎えたそれはしどどに濡れ、シーツの部分もおねしょをしたようにぐっしょりと大きな染みを作っていた。
「も…、むりぃ…っむり、だよぉ…っひぁあ!ひ、んんっ!」
過度の快楽に白澤の焦点は定まっていない。涎で濡れた口からは、甘い声と悲鳴じみた嬌声ばかりが漏れ出ている。
「なに言っているんですか?まだまだ頑張れるでしょう?私はまだ 1 回しか達してません」
「お、前のっ、体力馬鹿と、ひぅっ、一緒にす、ぅな … っっああぁ、んんん!」
息が絶え絶えの白澤とは正反対に、鬼灯は激しく腰を振っている割に少しだけ息を乱すのみだ。肉棒の堅さも弱ることなく、白澤の肉壁をごりごりと擦っていく。擦られる度に、白澤の腰は無自覚に揺れる。その姿が扇情的で、鬼灯はゴクリと喉を鳴らし、凶暴な切っ先で少し膨らみのある前立腺を容赦なく圧した。その瞬間、背骨が甘く痺れ、白澤の視界がチカチカと白くなり、中を犯す鬼灯をぎゅうっと締め付けた。
「ぃアあぁあっ!!ひ、あぁっあ、あ、ダ、メ … っ!!また、出るっ出ちゃ、からぁっ!」
「くっ、出るのが駄目なんですか?だったら … 」
「っっっ、ひ、ぃ ―――― !?」
太股に腕を絡められ、ぐいっと体を抱きかかえられると、己の体重で中に突き刺さったままの鬼灯が腹の奥深くまで侵入してくる。その衝撃に喉を反らし、声にならない悲鳴を白澤は上げた。射精したと思っていたが、張り詰めた白澤のペニスの根元を鬼灯の大きな手が締め上げており、それは叶わなかった。
「ぁ、あ … あぁ … 」
カタカタと小刻みに震え、赤く染まった目元から涙が一筋零れる。頬に垂れた涙を、鬼灯はそっと熱い舌で舐めあげた。
「出したくないなら、出さなければ良いですよね?」
鬼らしい言葉を告げると放りだしていた自分の着物の袖に手を突っ込み、ゴソゴソと何かを探し出す。目当ての物が見つかると取り出し、白澤の耳元に唇を寄せた。
「少し我慢して下さいよ?」
射精をせき止められて甘い痺れの中にいる白澤には、その言葉の真意を探り当てる術はない。むしろ、熱を持った吐息混じりの声音に、背筋が震えた。次の瞬間 ――― 。
「ぃ、ひっあぁああぁっ!!?」
初めての感覚に頭がスパークする。狭い尿道を無理矢理こじ開ける痛みと甘い刺激に、まるで水揚げされた魚のように、ガクガクと白澤の体が跳ねた。
「ハっ、く … っは、はぁ」
詰めていた息をどうにか吐き出し、震える唇の合間から弱々しく呼吸をする。
ボロボロと溢れ出す涙で視界はぼやけているものの恐る恐る白澤は、自分の肉棒に目をやった。すると、煌びやかな真っ赤な簪がずっぷりと尿道に刺さっていた。あまりの情景に目を見張る。
「あ?ぁ … うそ、だ … やだぁ … っ」
「貴方が出したくないって言ったんですよ?」
「ひぅ!!」
下から腰を揺さぶられ、簪の先を鬼灯の爪が弾く。
「ぃ、ヤぁあ!!?やぁっ!!っ壊れちゃ…っ、そこ、壊れちゃうぅ…っっ!!!」
「いいじゃないですか。壊れたって。貴方、尻だけでイけるでしょう?貴方にはもう、こんなところ必要ないです、っよね?」
「ひぃああぁっ!!ぁああっ!あぅ!」
再び容赦ない突き上げが再開される。しかし、先程までとは違い、射精が出来ない。マグマのように溜まった精液が、下半身を泥のようにぐずぐずにしていく。
「やあぁああっ!ひ、あぁっ!!ごめっなさ、やぁっ!動かなぁっでぇっっ!!」
「動くなって…っ、無理、でしょう?貴方だって気持ちよさそうです、よっ」
「ひぃぃいいっっ!!」
行き止まりだと思っていた奥の方まで、鬼灯が入っていく。排泄出来ない鈍い痛みと未開の地を刺激する快楽に白い足先がピンと張り詰める。射精せずに達すると目の前が真っ白になり、意識が遠のく。しかし、それを鬼灯が許すはずもなく、未だピストン運動を続ける。
「アッひぃぃう!!っひ、あぁっ!めんなさぁ、ごめ、っなさぁああぅうっ!ひぁっ」
譫言のように謝罪の言葉を吐きながら、壊れた人形のように揺さぶられる。射精しない絶頂は麻薬のように頭を麻痺させ、真っ赤に充血した肉壁は終わることない絶頂を繰り返す。ーーイキ地獄だ。
地獄の住人は、天国を容易く地獄に変えて、白澤を責め立てる。遠のく意識は、強い刺激に何度も現実に戻され、夢と現を行ったり来たりする。
悲鳴じみた嬌声さえ上げられず、息も満足にできない。そして、勃起したままの性器の痛みが分からなくなった頃、ようやく凶器と化した肉棒から白濁が、白澤の体内へぶちまけられた。低く艶のある声を小さくあげて達した鬼灯は、再度白澤の項へ噛みついた。
溢れてくる鬼灯の感情に飲み込まれ、そこで白澤はぷつりと意識を飛ばした。
柔らかな日差しにゆっくりと重い瞼を、白澤は開けた。
「 … ん … 」
昨晩泣きすぎた目は真っ赤に腫れ上がり、喘ぎすぎた喉はズキズキと痛む。どこもかしこも自分の体ではないように重く、動かすのが億劫だ。どうにか頭だけ動かし時計を見やると、既に一晩経っていた。桃太郎を休みにさせといて良かったと白澤は思った。しかし、隣で気持ち良さそうに眠っている鬼は、それを見越してこのような所業を起こしたのかもしれない。子憎たらしい男に小さく舌打ちをした。
暫くボーとしていると不意に昨晩の行為を鮮明に思い出し、ハッとして何も身に纏っていない下半身を見やる。意識を失ったあと、鬼灯が後始末をしたのか、体は綺麗にされていた。散々痛めつけられた己の性器を触る。尿道がやや広がり過敏になっているようだが、感覚はある。壊れてない。ふぅ、と安堵の息を吐く。
(まぁ、壊れてもすぐに元に戻るんだけどね。けど、こんなとこ壊れたことないから、さすがに怖かったなぁ)
後ろの方は前の方よりも長く苛まれたためか、鈍痛が抜けず、違和感が凄い。力を入れようとするも感覚がなく、開きっぱなしのようだ。ーーまるで、相手の形に作り替えられたように。
しかし、それは長続きしないことを白澤は分かっていた。
(何もかも、時間が経てば消えちゃうからね)
そう思いながら、昨晩噛まれた項を擦る。2度も噛まれたそこは牙の跡を晒し、赤紫色に変色している。きっとこの傷の下にある跡は上書きされ、初めからなかったかのように見えなくなっているのだろうと白澤は思った。
一昨日の晩、白澤は花割亭狐御前にいた。衆合地獄で酒を飲み、気分が良くなったところで檎に呼び止められ、そのまま店へ引っ張られた。
いつも美しく着飾っているオーナーの妲己に色目を使われ、新しく入った女の子と一晩過ごした。白い柔肌に、艶のある黒髪、愛嬌のある笑顔が魅力の女性だった。そして、黒髪に映える『赤くきらびやかな簪』が、とても美しかったのを覚えている。
ーーそう、己の性器を着飾った簪のように。
あれは彼女の物だったのか、それとも、たまたまそっくりな簪だったのか。そもそも、なぜ簪を持っていて、あまつさえ、行為に使おうとしたのか。聞きたいことは山ほどある。
そして、その女性が付けたキスマークと同じところを噛んだ意味も。
「やっぱ、面白いよ、お前」
前髪を掻き上げ、額のマークを晒しながら目を細め、寝ている鬼を見つめる。
白澤は神だ。
目の前の鬼も一昨日の女の子も、白澤にとって永い永い時間の中での暇潰しに過ぎない。
目の前からいなくなれば、昔、鬼灯に会ったことを忘れたみたいに、記憶なんて朧になる。昨晩のことだって、傷がなくなるように、きっと綺麗に消え去ってしまうのに。
それが分からない程、馬鹿でも無知でもないくせに。賢く、聡明な補佐官様はよく分かっているくせに、まるで何かをこの体に刻み付けるように何度も何度も傷つけようとする。
「ほんと、矛盾してるなぁ。やっぱり元人間だからなのかな?矛盾は…君らの特権だよね」
ふふふ、と笑い、わざと見えるところにキスマークを付けてもらった甲斐があった、と白澤は思った。
end
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