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good morning, good night

白い部屋に明るい陽射しが差し込む。 「・・・ん。」 僕は小さく身じろぎし、ぼんやりと覚醒し始めた頭でカーテンと、部屋を一通り見つめる。 清潔感を重視した内装で、最小限の物しか置いてなく、色も白で統一してある。 質素という言葉がとても合う部屋である。だからきっと、見る人が見ればとても寂しい部屋だ。 そんな部屋をじっと見つめる。 それが僕のここ最近の日課だ。 そしてそれに満足したら、音を立てないようにベッドの中の温もりに頬を摺り寄せる。 すると、まるでそれを待っていたかの様に温かな手が僕の髪を梳いた。 「・・・・嘘寝してたんだ。」 「違うよ、声をかけるタイミングが解らなかったんだよ。」 クスリ、といつもの低い、けれど落ち着いて透き通っているヴォイスが頭上を掠めた。 僕が普段意地を張って自分から甘えたりしないから、彼はたまに意地悪を仕掛けてくるのだ。だから僕も意地悪を仕返す。 不意にその気持ち良い腕から逃れ、ベッドから降りようとする。するとまたその心地よい腕に掴まり、元の場所に引き込まれる。勿論、僕は彼がそうする事を十分承知の上。彼も僕の意地悪だと解っている。 「まだおはようのキスもしてないのに、何処へ逃げるんだ?」 直接、その低ヴォイスが鼓膜に送り込まれ、耳にチュッ、と音をたてキスをされた。 「嘘をついたから、そのお返しだよ。」 口を尖らせながら言って上目遣いで睨むと、不意に彼が顔を顰めて、今度は切羽使った掠れた声を耳に送り込む。 「馬鹿野朗。そんな目で見られた食べたくなるだろう?」 「・・・なっ!!」 さすがにその、正直すぎる申し出に驚き、僕はその腕から今度こそ本気で逃れ、ベッドから足だけを出して背中を彼に向け、ホッと息を吐いた。 「冗談だよ、冗談。こっちにおいで。」 逃げた僕に、彼は慌てて左手で布団を上げ、ポンポンと右手で先程まで僕が横になっていた場所を叩く。そちらをゆっくり見ながら疑心暗鬼な目を僕は向けた。 「冗談って声じゃなかったけど。」 「可愛くないナァ。」 「男だし、僕。」 皮肉で言った彼に、僕も皮肉で返し、また背を向ける。 不意に背中から彼のため息が聞こえたかと思うと、ガシッと、彼が僕を抱きしめた。 「っ、ちょっ・・」 驚いて後ろを向こうと首を捻ると、すぐ眼の前に整った彼の顔が有り、僕は一瞬だけ怯んでしまった。もう何十回、何百回と見ているのに、未だに彼の顔を直視するのに慣れない。あまりに綺麗だと、その端整さが恐ろしく思える。 その隙に、彼の唇が降りてきた。 「っん・・。」 先程の耳と同じ様な小鳥が啄ばむ様なキスを二・三回された。 「おはよう。」 すぐには彼が言った言葉が理解できず、しかし混乱した頭でこれが『おはようのキス』の事なんだと理解すると、僕も彼に同じキスをした。 「・・・おはよう。」 慣れないけれど、僕は彼の黒曜石みたいな瞳を見つめながら言った。すると優しい笑顔を返してくれた彼は、またキスをくれる。瞼に、頬に、唇に。 僕には日課がある。 一つは朝起きたら部屋を見る事。 理由は簡単。 僕の居場所だから。 朝日が部屋に入ると淡いオレンジ色に変わるこの部屋が、僕のたった一つの居場所だから。 夜に見た、暗い黒い孤独が暖かい陽射しに照らされている事を知りたいから。 二つ目は彼が眠っている間に甘える事。 もう一つは『おはようのキス』をする事。 彼の存在がそこにあるのだと確認する為に。 僕がここに居るのだと確認させる為に。 今まで何回の夜と朝を二人で過ごしてきただろうか。 それでも拭えない恐怖がそこに必ず存る。すぐ隣だったり、遠くの方だったり。 たぶんきっとそれは、ずっと拭えないだろう。 幸せが強くなればなるほど、この幸せが手放せなくなるから。幸せを失う事をずっと恐れ続けるだろう。 だから僕等は縋る。 互いが互いに縋る。 消えないでくれと。 逃げないでくれと。 神に縋る。 この温かな手がずっと傍にありますように、と。 この先、互いに離れた幸せがあるのかも知れない。 けれど彼がいないのなら、それはきっと本当の幸福にはならないだろう。 今以上の、彼のいる幸福には足りないだろうから。 だから、そんなものはいらないから。 どうか、ずっと傍に居させて下さい、と。 縋る。 全てのものに縋る。 時間に、風に、太陽に、日常に。 僕等には日課がある。 互いが互いを必要として生きている事を証明する為に。 互いが互いを愛する事に幸せを感じながら。 『おはよう』や『おやすみ』。 そんな日常を感じながら。                            ● END ●

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