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耳と軟骨

 「軟骨の部分が楽しいんだよ」 陰茎で耳をなぞりながら吉田はそう言った。 さっきの居酒屋で焼き鳥を食べている時も同じ事を言っていたなと思い出した。  吉田は大学のサークルの同期で年齢は一つ上だった。 明日も仕事が早いからと帰ろうとしたのが吉田はムッツリと僕の方を見て「まだいいだろ」と情けなく眉を下げて見せた。私と吉田の関係は仲が良いとは言い難い、共通の知人である山本を通して会話をする事がほとんどで、二人きりで話すのなんて、いつ以来ぶりだろうか。私は吉田の事があまり得意ではない。    彼のじとりと見つめるような目線がどうも気に入らない、目を合わせようモノなら吉田はふいと顔を背ける、なにがしたいというのだ。私がただ耳を傾けると彼は途端に饒舌になって、顔ににつかわしくないほどベラベラとしゃべる。その大半が不幸自慢で笑えない話も多く、複雑な顔をしながら聞くしかない。  同じ演劇同好会にいた時もそうだった、吉田は奇をてらったような演技をしては端役の癖に目立ちたがり、自分に注目が集まると急速に勢いが落ちる、天邪鬼なのだ。 私は吉田の事をそう思い気難しい奴だと、どこか敬遠していた。 山本が居酒屋を去れば吉田も退席するのが常だったから、私は吉田の事を考えないようにしていた。    ところが今日に限って吉田が私の隣で饒舌に語るのだ。「人が踏切に飛び込んで死ぬのを見た事ってある?」いつものようにボソボソと語りだした。「音がすごいんだ、粉砕機で硬いものを砕くみたいにさ、バキバキって。わかんないかな、プチプチあるじゃん梱包するアレ、あれを丸めてさ雑巾みたいに絞ると連続してプチプチってさ音たてるでしょ、あれのさ骨ヴァージョンっていうのかさ、とにかく……」へぇと私は小さく答え、とりあえず目の前にあるコップを空にする事だけ考えた。 吉田の話はまだまだ続いている。 「軟骨の部分がね、以外と……」ナンコツどれだけ好きなんだよ、言いかけて私はやめた。  寝ていたようだ、酒に強くないクセに急ピッチで飲んだせいだろう。 もう吉田しかいなかった。明日は早いからどこかに泊まるよと告げ、去ろうとすると「一緒に泊まんない? 金もあんまり無いでしょ?」と言ってきた。 確かにそうだが余計なお世話だった。 「ラブホにでも泊まるの?」意地悪くいうとまた目を背けた、気に食わない。 じゃあと言って、振り返ると嫌に足がフラ付いた、普段ならここまでなることないのに、そんなに私は酒に逃げていたのだろうか。吉田が近づいてきて肩を貸した「大丈夫だから」と突き放そうとしたのだが、思うように力が入らない。 「お前、なんかした?」吉田と目が合った。 今度は逸らさない。 頭が混乱した、思うように力が入らない「なぁ、どこに行く気なんだ」そう問いかけたのだが吉田は答えなかった。   やたらとネオンの明るいラブホテルの前についた「ふざけるなよ」と言いたかったのだが無理に歩かされたせいで気分が悪くしゃべる気になれなかった。肩を担がれたまま吉田が受付になにか説明している「友人が酒の飲みすぎたみたいでちょっと……」いやに饒舌だった。 キーを受け取ってエレベーターで部屋に入った。  吉田はシャワーを浴びている、私はベットに横になってその音を聞いていなければならなかった、男に犯されるのだろうか、しかも吉田に。ゲロを辺りにぶちまけて何も出来なくさせてやろうとしたが、指にすら力が入らない。高熱でうなされているような、時間が経つのがやたら遅くて、ダルくて、寝返りすらうちたくなかった。  吉田がさっぱりとした様子で出てきた、気に食わない。タオルで体を拭いている。 陰茎を見せないのはマナーのつもりなのだろうか?  「こんな事してごめんね」吉田は体を拭きながら謝った。 「でもさ、俺、別にゲイってわけじゃないんだよ」吉田は明るく言った。 「俺さお前の耳が好きなんだよね、自分の耳って見たことがないでしょ? すげーやらしい形してるよ」耳フェチ。吉田の性癖を初めて聞いた。 「頼んでもさ無理だと思ったからさ、こうしたんだよね」目が合わないと彼はベラベラとしゃべる「ちょっとさ、耳貸してもらっていい?」 吉田は私の体に覆い被さり、私の耳元へまだ暖かな陰茎を持ってきた。 力の入らない私の手で握らせ、その上から自分の手でも包み込む。 ゆっくりと耳を陰茎でなぞり始めた。 やわらかいペニスの感触から、芯のある固いものへと変わっていくのが分かる。 吉田の陰毛に触れるのが分かる、まだ湿っていてそれでいて短くてゴワゴワしている。 もうちょっと、ちょっと強く。吉田がボソボソと言っていた。 先走り汁が耳の中へ垂れ、冷たさが私の体を襲った。 「軟骨の部分が楽しいんだよ」耳の形を先っぽでなぞられていく。 自覚したことのない自分の耳のうねりが見えてくる。 「耳掃除してる? なんかベタベタしてるよ、この後しよっか耳掃除?」 この後、その言葉が何を意味してるのかを考えたくなかった。 それなのに耳元で鳴り続ける音とペニスの硬さがその意味を男である私に否応なしに理解させた。 「もうちょっとなんだよ、もうちょっと、もっと大きかったらな、良かったのに」 ボソボソとしゃべる吉田から汗が落ち私の頬を伝っていく。 5分ぐらいこすり続けた後、アっと小さく声を出して吉田は耳に射精した。 生ぬるい液体がドッと音をたてて耳の穴に入る。 ガボガボと鼓膜にまとわりつく。 耳を通して脳ミソに精子をかけられたような不快さで全身に鳥肌が立った。 顔を横に振ろうとすると、吉田は押さえつけて手を離さない。 「俺のが耳に貯まってるんだぜ、すごくね?」 「やめてくれ」 精いっぱい声を出したつもりだったが耳に詰まった精液が私の声を吸収して気持ち悪く間延びした声に変形させる。 「泣いてる?」 ようやく俺の顔を正面にしてくれた。 プールから上がった時のように耳からポッと音がして液体が流れ落ちた。 今日は吉田とよく目が合う日だ。 「なんで泣いてるの? 怖かったから? 気持ち悪かった? やっぱりお酒に薬ってダメだよね」 「お前が嫌いなだけだよ」 声が震えていて吉田に聞こえたかは分からない。 ティッシュで自分のをふき取ると、私にボックスごと寄越した。 「思ったより気持ちよくなかったわ」 吉田はそいういうと出ていった。 私は気持ち悪さからそのまま気絶するように眠った。 朝起きて、耳を入念に洗う。 シャワーを直接流し込んでも吉田の精液が脳から出ていかなかった。 持っていたイヤホンを捨て、ホテルから出た。

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