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第40話 初春や 桜吹雪の 十三夜 俺と契りて 妻になれっ!
「そうか。お母さんとは会えたか。良かった」
「はい。長い、昔話をしました。寝る前に歌ってくれた童謡や、読んでくれたお話、生まれた時から充樹の方が泣き虫だった事……」
「ふふ。笹川は、大変だな。充樹を泣かせたら、珠樹が黙ってないからな」
僕はちょっと頬を膨らませた。
「確かに充樹を泣かせたら一言言うけれど、僕は意地悪な小姑ではありません!」
「ああ、悪かった。怒るな。怒っても可愛いけどな」
僕は政臣さんに、「可愛い」と言われるのが弱い。僕を「可愛い」なんて言うのは、政臣さんだけだから。
「もう……!」
恥じ入って、俯いてしまう。
僕たちは夫婦の新床 で、揃いの白い狩衣を着て、膝を突き合わせて座っていた。
初めて契った晩と同じ。その状況が、余計に頬を火照らせる。
政臣さんの指がすっと伸びて、耳朶を柔々と摘ままれた。
「んっ……」
「珠樹。俺はお前を、幸せに出来ているか?」
「はい。この上もなく、幸せです」
今までの道のりを思うと、様々な思いが交錯する。
政臣さんが顎を取り、唇を近付けてきた。
「あ」
「ん?」
瞳を閉じかけ、僕は再び見開いた。
「どうした?」
「歌を……詠んでも、良いですか?」
政臣さんは、涼しげな奥二重で微笑んだ。
「ああ。風雅だな。新しい門出に相応しいのを、頼む」
僕は一つ瞑目してから、歌を詠んだ。
「わりなかる
己 が身なれど
妻恋ひす
今宵晴れなり
あながちに逢ふ」
「ほう……解説してくれ」
「『分別のない私ではありますが、貴方を恋い慕っております。今夜晴れがましく、一途に結婚します』、という意味です。政臣さん、僕には貴方だけです」
肩にかかる長い黒髪に指を通して、梳かれる。
「俺も、お前だけだ、珠樹。……確か平安時代には、和歌の上手い下手で、デートするかどうか決めるんだったな。これは俺も、歌を詠まなくちゃいけないな」
「えっ。詠めるんですか?」
僕は思わず、訊いてしまった。
今度は政臣さんが、唇を尖らせる。
「五七五七七で詠めば、良いんだろう?」
いけないいけない。夫を立てなくては。
「はい。短歌は、季語を必要としませんから、心持ちをご自由に伸び伸びと詠んでください」
政臣さんは居住まいを正して、少しの間唸った。自分で言い出したものの、思いの外難しいらしい。
「は」
「は?」
「初春 や」
僕は、俯いてしまった。
『初春』は、年の初めや早春の季語だ。今はもう、初夏に近い。
一生懸命考える政臣さんが、堪らなく愛しく可愛らしかったけれど、笑っちゃいけないと、袖口で口元を隠した。
「桜吹雪の」
だから今は、初夏。
「十三夜」
今夜は、十三夜でも何でもない。
「俺と契りて」
駄目だ、もう……政臣さん、ぱんだの赤ちゃんよりも可愛らしいです。
「ふふ……ふ」
「あっ! 笑ったな、珠樹!」
僕はくすくすと吐息で笑う。
「すみません。政臣さん、結びの句を」
「妻になれっ!」
そう言って政臣さんは、僕を布団の中に引き込んだ。
僕の好きな、お豆腐の接吻をされる。はむはむ。はむはむ。
それだけで、心が暖まって滑らかに満たされる。
政臣さん。素敵な歌です。返事は勿論、応です。今宵、貴方の妻にしてください。
目くるめく初夜の快感に溺れながら、心の中で呟いた。
Happy End.
→※あとがき
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