6 / 12

第6話

一日分ごとに分包してもらった生薬の袋を手に早矢兎は帰宅を急いだ。店で立ち眩みしたせいか記憶の流れの一部分に(もや)がかかっている様な気分だった。 今夜は自宅で許嫁の南欧子と、母親と三人でささやかな晩餐の予定があったのだ。 「只今戻りました。遅くなりまして申し訳ありません」 既に食卓についていた二人が早矢兎を見る。子供のころ父親同士が証文を交わして決めただけの許嫁は今夜も美しく着飾って早矢兎の母親と談笑をしていた。形の良い唇には紅が引かれその魅力を強調している。 「まぁ、南欧子さんをお待たせしてまで買い物ですか?何か素敵なプレゼントなら良いのですが」 手に持った大きな紙袋を見咎められて早速母親に問いただされる。 「いいえ、これは…」 ばつが悪くなり言い淀んだ所に南欧子が赤い唇の口角を上げて微笑みを作り助け舟を出してくれた。 「それは何ですの?」 少し躊躇ったが現在の体調の事を含めて知り合った漢方医に処方してもらったことを素直に告白した。 母親は心配そうな表情になる。 「まあ、そんな素性も知れぬ方の処方なんて大丈夫なんですか?」 「しかしお母さん、今の処方では相変わらずの不調。違うものを試してみる価値はあると思いまして」 少し不安気な母親を通り越して早矢兎は手伝いに袋を手渡し洗面所に手を洗いに行った。 薄暗い照明の下で鏡に映る自分の顔は微かに上気している。あの時荒い獣の様なものに深く口付けをされた気がするのだが夢だったのだろうか。 ***** 暫く忙しい一週間を過ごしていた早矢兎だがこれ迄の様な愁訴に苛まれることはなかった。身体の重たさや倦怠感も薄れ以前の快活さが戻っていた。そんな矢先本家から何時も処方をして呉れていた漢方医が早矢兎の家を訪れた。 「診察というものは此れ迄の既往歴や貴方の性格を加味して診るものであって、一刻会っただけの医師を名乗る者の処方を信用するなどあってはならない事です」 どこから聞いたのか早矢兎が別の処で処方して貰った薬を服用している事を責めた。そして忌々しそうに問診をした後ぞんざいに早矢兎の身体を切診し、新しい生薬を届けさせて必ず飲む様に言いつけて帰って行った。 新しい処方では一時的に倦怠感が出たり不調を来す可能性があるが、それは好転反応でありそこを抜ければ直ぐに良くなるのだと言われると何も言葉を返すことは出来なかった。 新しい薬を服用し始めた途端本家の医師の言っていた好転反応が出始めて早矢兎を苦しめた。

ともだちにシェアしよう!