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一、
とんでもねえ男ふたり、此処には居る。
聞いてくれねえかい。
まあ、まずはおらの話だ。
おらはな、天下の新選組の隊士よ。
此処に居る大抵のやつらは志なんてえ、めでてえもの掲げて入ってきたさんぴんどもよ。
だがそれだけじゃねえ。野心もって入ってくるモンもいらあ。おらがそれだ。
なんたってな、金がいい。
近藤勇や土方歳三らの名は、おらの郷里にも響いていたよ。
京の艶里で金を湯水のように使って豪奢な生活してるってふうによ。
そんな奴らの大将、元の生まれは百姓だっていうじゃねえか。
なに、どれだけやっとうができるんだか知らねえがさ、成り上がりの、たまたま運が良かった奴らの集まりってえわけだと思っていた。
いっそ、そいつらの傘下に入って、あわよくば成り代わって、おらも京で豪勢な生活してやろうとさ。おらの子分ども、弟にくれてやって、おらは単身京へ出てきたわけよ。
もうひとつ。
沖田総司、この男。郷里に響いてた沖田の名は鬼の形容さ。あの池田屋で近藤よりも真っ先に刀振るったてえのが、この若造よ。
まだ二十二のくせに、剣たててる新選組の顔だ。
郷里で聞いてた沖田の話も、近藤らと同じよ。その若さで金も地位も名声も、てめえのもんだ。豪勢暮らしも好き放題さ。
そういうことだ。つまりな、どれだけやっとうが上手かろうが金と女に溺れてりゃ、世の常だ。腐ってくるのも時間の問題さ。そう思っておらあ、なかば本気で、こいつらに取って代わってやる気で新選組入ったわけよ。
おらの考えなんざ甘かったと気づいたんは、入って二日も経ってねえ頃さ。
そのことについておらはじっくり話してえんだよ。後でな。
そうそう、おらの試合みたのは山崎って男だ。おらと同じで棒術が得意だってんでな。あたりめえよ、郷里で仕切ってたおらが弱えはずがねえ。合格さ。聞いてたとおりだ。剣ができなくてもひとつ秀でるモン持ってりゃ入れるわけよ。
おらは入隊の日は沖田の剣を見れなかった。興味があったんだがな。なにせ新選組部隊んなかの筆頭だ。この男を倒せば、おらが成り代われるってもんよ。その剣、見ておくべきだと思ってたがついぞ見れなかったね。
見たのは次の朝よ。
西本願寺の一箇所ぶんどったでかい敷地内で、新入りのおらに初日二日で迷うなってほうが無理だわ。井戸場探してぐるぐる敷地内回ってたらいつのまにかどっかの庭口に来てた。
ブンッて凄え音がしたから、そこで立ち止まったのが切欠さ。
立ち止まったらまだブンブン音がする。空気が殴られる音ったあこういう音だ。こりゃあ何だって庭口覗いたら、この寒い朝に男が上半身裸で、凄え太い木刀振ってんさ。
朝霧の中よくよく目凝らしてみたら、あの沖田だ。
沖田って男はおらより十五も下の若造よ。それが、郷里じゃ一二争う体格のおらを優に凌ぐ体つきしてやがる。剣で新選組一張ってる男ってのは、こういう体してんのかとやっかみ越して正直に感心して見てたら、その向こうから障子をからりと開けて出てきたのが土方だった。
「おはよう」
沖田が木刀下ろして、言った時よ。土方が、おらの居る茂みのほうを凄え眼で睨んだんだ。
おらぁ、これでも郷里じゃやくざモンの親分やってた身よ。そのおらが一寸ぎくりとしたんだぜ。驚いたけれどよ、べつに悪意ひとつ在って覗いてたわけじゃねえ、迷い込んできただけさ。睨まれるいわれは無えとすぐに心構えて、堂々前に出て行って、ぺこりと礼してやったよ。
「そこで何をしていた」
土方がそのよく通る声で、おらを睨んだまま聞く。
「迷い込んだんだろ。新入りさん」
沖田が喉で哂ってはじめて俺を振り向いた。なんだよ、おらが見てるのを気づいてて知らぬふりで木刀振り続けてたのかと、その憎さにおらのほうは腹で舌打ちしながら返した。
「沖田センセのいうとおりですさ」
「隊士部屋へどう戻るか分からないというのか」
土方が幾分睨みを解いてそう聞いてきた。
土方ってのは、なんだ、よく見ると随分綺麗な顔している。
この朝の光に、色白の肌が透き通っていた。隣にいる沖田のよく日焼けた肌とは正反対よ。おまけにその土方の漆のような黒髪が風に揺れてきらきら輝いてる。なんつうべっぴんだと息を呑んだよ。
「へい。こっからどちらに回れば戻れますかね」
土方の容貌に目丸くしながら返したおらに、
「右にまっすぐ行け」
そう言って土方は、あとはもうおらの存在なんぞ無いかのように沖田のほうを向き直った。
「・・総司」
その場を去るおらの背後で、土方が沖田にそう呼びかけたのを聞いたさ。
・・・今の声は何なんだ?奴らは京に来るまえからの知り合いだってのは聞いてる。やっとうの世界はよく知らねえが、近藤土方沖田が同じ剣の流派で絆があるってのも聞いた。だが、土方がいま沖田を呼んだ声には、それだけじゃねえ、何かべつの・・・
振り返って二人を見てみてえ衝動に駆られたが、入ってすぐに上に目つけらちゃ面倒よ。おらは我慢したまんま、道を戻ったさ。
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