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第22話 大学

 瑞樹から逃げるように離れて半年、俺は大学生になった。  春……これから新しい生活が、新しい人生が始まる。  大学では誰も過去の俺を知る人はいない。六年年下の友人と呼べる存在も数名できた。尾上と呼ばれる事にも慣れて、何となく当たり障りの無い生活をしている。  これが瑞樹の見ていた世界なのだ。新緑の匂いの中で、日差しが暖かい。  図書館で好きな本を読みながらゆっくりと思考する、贅沢な時間。  「尾上、おはよお、何読んでんの?」  やたらと距離の近いやつもいる、こいつもその一人だ。  「経済学の本、興味ないだろ。大藤、お前少し勉強しろよ。で?朝から機嫌いいな、どうした?」  「聞いてくれる?俺さあ、昨日の合コンで隣に座った子の連絡先を聞いたわけよ……」  聞いてもらえる相手を見つけて、楽しそうに話す若い友人の話を上の空で聞きながら、曖昧な相づちを打つ。近くなりすぎず遠すぎず、この距離が丁度いい。  一定の距離を保って、卒業後したらもう会わない。あいつ誰だったっけと、思い出すくらいの付き合いがいい。  ……近すぎる関係、重すぎる依存はもう十分。  四月は、オリエンだのサークルだの新しい生活に慣れるためだけにあるようだった。ただ、淡々と日々が過ぎていった。  もう四月も終わりと言う二十九日、世の中は休みだと言うのに大学は講義だと知って新鮮だった。  講義が終わり、校門でいつものように知り合いと別れる。  「じゃあな、尾上。休み明けな」  「おう、またな」  声をかけられて振り返り大藤に手をあげた、その瞬間に大藤が俺の向こうを変な顔をしてみていたと思った。  そう、思った瞬間に後ろ側から、ぐいと腕を掴まれた。  ……え、誰?  俺の肘を掴んでいたのは……瑞樹だった。  「やっと見つけた」  驚いて声も出なかった。なぜここに、母から聞いたのか?  ……いや違う。瑞樹は俺の母親がどこにいるのか知らない。そして、今大学に通っていることは母親は知らないはず。  「俺、ここの大学の入学式にも来たけどお前見当たらないし。毎朝仕事行く前に必ず立ち寄っても見つからなくてさ。今日は会社休みだから丸一日ここで頑張ろうと思ったけど正解だったな」  得意そうにまくしたれられたが、瑞樹の言っている言葉の半分も理解できていなかった。

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