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第30話 最終話

 その日から俺たちは一緒の部屋で過ごして、一緒に眠りについた。  ……ただ、一緒に時を重ねた。  結局、ゴールデンウィークの休みが明けても大学に戻ることが出来なかった。ほんの一週間前には瑞樹との今後を決めると思っていたのに。今は何も考えられず、ただ瑞樹に与えられる執行猶予のような時間の中で生きている。  大型連休もすぐに明け、瑞樹が社会へと戻る時がきた。そろそろタイムリミットだ。  「おはよう」から始まって「おやすみ」まで、他愛もないことだけを話す。テレビで見たニュースや会社のこと、過去には一切触れない。少しずつ近くなっていく距離に心地よさを覚えて来た。  そして、その日は突然来た。  朝目が覚めて、明るい空を見た時に気が付いた。……側にいれば甘えてしまう。完全に瑞樹のお荷物になっているという感覚しかない。瑞樹はそう思っていなくても自分自身が納得していない関係。これは俺が望んでいた未来じゃない。  瑞樹は、高校時代の俺の影を引きずっているだけとしか思えない。だから、もう一度リスタートする。今度、同じステージに立てれば、きっと今とは違うと感じた。   俺は、あの日から全てやり直す。  瑞樹に追い付いて、同じ視点でまたものを見ることができるようになったなら。そうしたら、もう一度正面から向き合えるかもしれない。今のままではどうしても自分が卑屈になってしまう。  一度、きちんと線を引く。もしも本当に俺と瑞樹の未来が寄り添う運命なのなら、必ずまた戻ってこられるはず。  今まで俺のために犠牲にした時間を瑞樹にも取り戻して欲しい、呪縛からの開放。これは俺にしかできないこと。二人ともの新しい出発、今度は俺が瑞樹を追いかける番。  万一、離れている間に瑞樹がだれか他の人と出会ってしまってもそうなる運命。運命論者じゃないけれど、今だけはそう思う。  大学に戻る、自分自身のそして瑞希の未来のため。今まで実践で学んだことの学術的裏付け、そんな大義名分は必要なかった。自分が本当に知らない世界を正しく体験して、成長する。  父親も母親も新しいスタートをすでに切っている、今度は俺の番。  「瑞樹、俺ここを出るよ」  「……それって、俺とは別れるってこと?」  「そもそも俺達、付き合っていないでしょう?」  まだ告白の返事も保留のままだった。そしてあの日以来一度もその話をした事は無かった。このまま行けばきっとどこかでまた心も体も寄り添えるかもしれないという思いがどこかに芽生えていた。過去とつながった未来だ、きっといつか自分で逃げ出してしまう。  「今日、瑞希が会社から帰ってくるまでには出る」  「もう、止めることはできない?……無理か?」  「瑞樹が言った通り、過去と決別するよ」  「そこには、俺も含まれるのか……」  「……」  「そうか……」  瑞樹に別れを告げたけれど、悲しくはなかった。それより、次に出会う日の希望が自分の中に残っていた。  部屋を片付ける、一つとしてここに置いていって良いものはない。冷蔵庫も最初に来た時の状態に戻す。洗濯して掃除して、カーテンを閉めるとアパートの部屋を後にした。  鍵をポストに落とした時のコトンという音が軽く響いて、今日までの長かった初恋はやっと執着点に着いたと思った。  俺は大きく息を吸い込むと、一度も振り返らず前へと踏み出した。 <終わり> 【ミヤコワスレ】 ここまで、このふたりのグダグダの恋愛に付き合ってくださった皆様。 心からお礼申し上げます。ありがとうございました。 この物語はここで終わりません。 この二人の続きは、「これから始まる」へとつながります。 もしもよろしければ、4年後の二人を覗いてやってください。 本当にありがとうございました。 わらび  

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