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#1「簡単な出会い」

僕は恋をした。それは俗に言う、一目惚れだった。でも細かく言うとそうではない。 電車で高校まで通うつまらない日々。いつも同じ席に座り小説を読む僕。目の前の人も周りも、大体は同じ顔だ。いつも同じ人がいる。眼鏡をかけたサラリーマン、汗だくのおじさん、両隣は白髪のお婆さんと制服姿の小学生。特に混んでるわけでは無いが席はうまっている。五両の一番後の三席の真ん中。意味は無かったがそこが何故か落ち着いた。慣れただけかもしれない。 一年が過ぎ二年目の秋に差し掛かった辺り、僕はあの人を初めて見た。駆け込み乗車をしてきた彼は、はあ間に合ったという様に軽く咳をし右斜め前に平然と立った。僕は駆け込み乗車とかいうあまり見かけない光景に思わず目をやってしまったが、また何もないふうにして小説に目を戻す。 その日はそれだけだった。でも毎日のつまらない電車通学には印象に残るものだった。 次の日、僕はまたあの人を見ることになる。 雨の日だった、傘を持ったあの人が手すりに傘を掛け忘れて行ってしまった。僕は土砂降りの中傘を忘れていったあの人に少し心を和まされた。根を詰めすぎだったんだ、テスト期間だったし。だからそれだけの事でも心を和ますきっかけになっていた。 僕は無意識のうちに置かれた傘に近づき気づけば手に持っていた。 俺は恋をした。確か俺は女が好きなはずなのに、相手は男だった。まさしくそれは一目惚れだった。 ある日、俺は同棲してた彼女に急に別れを告げられた。朝に、起きた途端すぐに。 出てって、その言葉を疑いヘラヘラと問いただす俺に彼女は溜息を吐き、浮気したでしょ、と俺のスマホの画面を見せる。今更か、いや俺は浮気はしてない、遊んだだけ。と言うより元はと言うと、女癖悪くても良いから、って言って聞かなかったのは彼女だ、俺が頭下げて願って付き合ってた訳でもない。逆に頭を下げられた側なわけ。そんな事を考えると俺は無性に、彼女に向かってヘラヘラしてる自分が馬鹿らしく思え気づけば財布とスマホだけを持ち外に出ていた。 家からは彼女の泣き声が聞こえる、マンションだから頼むから静かにして頂きたいがもう戻る気はない。俺は一人暮らしの彼女の家に同棲していた訳だが、俺には帰る家が無かった。つまり大学には行く、ヒモに見えない隠れヒモだ。オマケに女癖が悪くタラシ癖があると言える。 だから女には不自由してなかったし泊まる家くらいはあるだろうが、やはり女とトラブったすぐあとには他の人文字(おんな)にメールをする気にもならない。 俺は住む場所確保の為、すぐさま男友達の西条文字(にしじょう)にメールをした 「今日さ急用で大学行けなくなったわ」 「あと悪いんだけど勝手に家にあがるから」 返信は早く、且つ短文で「おけ」だけだった。 行き道は覚えている。電車で隣町に行く。歩きスマホをしながら、これからどうしようかと考えているとホームからアナウンスが聞こえる。どうせなら早く乗りたい、早くあいつの家に着きたい。俺は俗に言う駆け込み乗車とかいうものを初めてした。 駆け込んだ瞬間辺り、勢いよくドアが閉まる。挟まったら危ないなと思いながら近くの手すりに掴まると、斜め右前から視線を感じ見ると、ギョッとするような目で俺を見てる青年がいた。青年はそそくさと本に目を戻していたが完璧に俺と目が合ったし、そしてマスクのせいで口こそ見えないものの、ものすごい顔をしていただろう。そのあとすぐに何事も無かったような顔をされては思わず笑いそうになる。 俺はもう少し青年を見ていたかったが仕方なく西条の最寄り駅で降り、家に向かう途中にコンビニに寄った。昼飯を買おうとしていた。だがふと電車の青年が読んでいた本という存在が目に入り、その中で一番わかり易そうな何とか論についての本も買ってしまった。 夜、家に帰ってきた西条に彼女との一連を話すと、またかよ羨ま憎たらしい奴め、と罵られ 「今ならまだ間に合うだろうから帰れ」 と追い返された。面倒くさかったが西条とは小学校からの仲だから強く言い返せない。そして彼の言うことはあっている、今ならきっと間に合うだろう。だが気乗りがしない。なんにせよ、俺は彼女を好きな訳ではない。無理やり付き合ったと言っても過言ではなかった。でも帰らざるを得ない。 仕方なく戻る帰りの電車で、行きにコンビニで買った何とか論の本を読んでみたが意味はさっぱりわからなかった。 彼女の家に着いてからは散々で、結局許してはもらえたがあの電車にいた青年のぎょっとした目が頭から離れずに脳裏にちらつき思い出し笑いをしてしまう。気づけば青年の事を考えていた。今頃は寝ているか、彼はおそらく高校生、学校ではどんな子なんだろう、また明日あの電車にいるんだろうか。 次の日、土砂降りの雨の中、俺は無意識のうちあの電車に向かっていた。 今日はちゃんと並んで乗り込んだ。向かいのドア付近まで行きなんとなく対角線くらいにいるあの青年を横目でそっと見た。 やはり彼は本を読んでいる。表紙は見えないしなんの本かはわからないが、よく意味が理解できるな、俺も読めるように、なんてらしくない事も思った。 マスクで隠れている口元。俺は勝手に妄想でマスクを取り除き美少年に仕立てた。そんな彼が俺と話してくれれば。今のこの電車じゃなければ違う彼が見れるのではないか。 はっと気づくと西条の最寄り駅は次だった。西条にはメールもしていないし約束も取り付けてる訳ではないがあいつの事だ、きっと家に上がっていいと言ってくれるだろ。西条は家に鍵をかけ忘れることが大半だったから今日も鍵はかかってないだろう。 軽い気持ちで降りようとする。 その時俺は一つの可能性を考えた。 この傘を忘れていけば気づいてくれるかもしれない、そんな軽い気持ちで俺はさも忘れたかのように傘を手すりに掛け、電車を降りた。

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