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03-07

 すっかり暗くなってから、家からすぐ近くの浜辺でしょぼい手持ち花火ををした。  ぶらぶらと島を歩いて立ち寄った鄙びた小さな商店で、いつからそこにあったのかわからない埃をかぶった花火を見つけて買ったものだ。これって火着くの?…と耳元でこそこそ囁き合って、くすくす笑って、いつも以上に気持ちが高ぶっていた。  少し湿気ていた気はするが、手間取ることなく火は点り、最後は定番通り線香花火で締める。 「男ふたりで線香花火って、なんかしみじみするな」  ぱしぱしと散る小さな光に合わせて、静かに話す秀野の表情が揺れる。 「ひとりより良くない?」 「ひとりで花火はしねーだろ」 「じゃあ東京戻ったら悦士のうちのベランダでまたやろうか」  じぃっと火花だけを見つめていると、空気が濃密になってくる気がする。向かい合った額が少し近付いた気がする。 「なんでうちなんだよ。苦情くるからやめて。部屋で換気扇まわしてやったら、警報機鳴るかな」 「線香花火ならいけるんじゃない?てか、部屋でやんの?なんかそれこそしみじみして侘しくない?景気よくベランダからロケット花火打ち上げよーぜ」 「本気でやめてくれ」  ふふっと目も合わせず小さく笑いあう。  全部の花火に火をつけてしまうと辺りは真っ暗で、どうでもいいことを喋っていたのに急にふたりとも黙ってしまった。ふたりきり、誰もいないところに取り残された気がした。ぽつりと小さく秀野が、聖、と呼んだ。 「俺ね、役者もすげー好きなんだけど、映画撮りたいんだよ。自分の映画」 「どんなの?」 「んー、生きてる人の映画。こんなさ、めちゃくちゃ肩の力抜ける自然もあるし、無機質な都会もあるじゃん。でもさ、みんなそこで生きてるんだよな。毎日にひとりひとりの物語があって尽きないの。こっちに暮らす人もいるし、海の向こうにも」  海の向こうの本土に灯る、ぼんやりした民家の明かりを秀野は指差して言った。 「なんか、綺麗な映画撮りたい。って、語彙無いけど。ここにいるから幸せなんだなって心から思えるような。聖…、俺の映画に出てよ。俺、絶対撮るから」  うん…と答えると、砂の上に置いた指が触れた。  それが合図になってどちらともなく唇を合わせた。灯台の光がふたりの熱をこっそり暴くみたいにぐるりと照らす。何度も角度を変えては唇を重ね、舌を差し出したタイミングが同じで、互いの間で絡ませた。 「んっ…」  しっかりした大きな手で首筋を撫でられると、思わず喉から甘えるような息が漏れる。  男っぽい長い指が情欲を隠さず肌を辿ってくると息苦しくて、酸素を求めたいのにもっと欲しいのは違うもので、焦燥に任せて粘膜を貪り秀野の肩を強く掴んだ。  聖…、きれぎれの吐息の間に名前を呼ばれ、そうするのが当たり前みたいな気がして、砂の上に押し倒された。めくれ上がったシャツの間から背中にじゃりじゃりと砂が擦れる。構わず唇を求め、素肌を探り合う。 「どうしよう。このままだとやばい。帰ろう…」  絞り出されるような秀野の声は掠れていて、本気を伝えてくる。暗闇に紛れてもつれ合うようにして家に帰った。  そうだ、あの日この部屋で、秀野に抱かれた。

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