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第1話
とある街に、
それはそれは頭の良い老人がおりました。
勉強の苦手な子はその老人の家に行き、そして必ず賢くなって帰って来るというのです。
しかし、時々おかしな事が起きました。
子供が突然異国の言葉で会話を返してくる、大人にしか分からないような差別表現を友達に言う、卑猥な言葉を壁に殴り書きしている…などなど。
不安に思った親達はどこで覚えたのか尋ねます。みな決まって「せんせいのところ」と答えるのです。あの頭の良い老人の事でした。
これは困ったと、ある母親が老人のもとを訪ねました。ドアを叩くと「昔の大火傷で顔が爛れている。とてもお母様にお見せできない。」と老人の優しくしゃがれた声が聞こえました。
母親はますます不安になりました。
(姿を見る事はできないとはいえ、こんなに穏やかな方が子供たちにあんな事を教えているのだろうか……)
そして子供たちの行動をすべて説明しました。老人はふんふんと真剣に聞いています。
「もしかしたら私の書斎を勝手に覗いて、学んでしまったのかもしれない。」
申し訳無さそうに言いました。
老人からも話をしてくれる事になり、母親はドアの向こうの老人に深々と頭を下げ帰ってゆきました。
子供というのは、覚えたての言葉を使いたがる。意味もわからず繰り返し繰り返し言い、身に付けようとする。けれど、大概の場合は成長と共に意味を理解し、羞恥心を身につけ
、言葉を選ぶ。
「さて、途中でしたね。」
何事も完成される前が楽しいものです。
完成すればそこで終わってしまう。
大人になどなんの魅力も無い。
「はぁ…は、…せんせ…」
さて。
とある街に、
それはそれは頭の良い老人がおりました。
勉強の苦手な子はその老人の家に行き、そして必ず賢くなって帰って来るというのです。
今日も幼子がドアを叩きます。
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