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LastDrop🌹Drop.023『 XYZ 』
クリスマスを迎えたその日。
空は、昨晩の大気を冷え込ませた理由をしんしんと語るかのように、やわらかな白雪を舞わせた。
そんな――、ホワイトクリスマスと謳われたその年のクリスマスもまた、桔流 の愛するバー〈Candy Rain 〉は、前夜よりも大きな賑わいをみせていた。
― LastDrop ― Drop.023『 XYZ 』―
花厳 は、その夜。
行きつけのバーまで辿り着くと、真っ白な三角耳に長細い純白の尾を持つ、小柄なバーテンダーに出迎えられた。
その顔馴染みのバーテンダーと、久方ぶりの挨拶を交わした花厳は、彼に案内されるままに、バーカウンターの出入り口にほど近い、最奥のカウンター席へと腰かけた。
そして、それほど遅くもない時間帯でありながら、一部のカウンター席と予約席以外は空きのない店内を見回し、しばし安堵した。
(店に来る事、――昨日のうちに伝えておいて正解だったな……)
花厳が店に行く事を事前に伝えていなければ、今宵の花厳が坐するのは、恐らく、あの――、厚い雪化粧を纏ったテラス席になっていたことだろう。
花厳がそれに、文字通りの寒気を覚えていると、不意に、その花厳へと声がかけられた。
「アラ。いらっしゃいませ。お久しぶりですね。ハンターさん? ――メリークリスマスですわ」
「えっ?」
それは、店の奥からカウンター内へと入ってきた店長――仙浪 法雨 の声であった。
そんな法雨は、聞き慣れぬ呼び名に困惑する花厳を置き去りに、
「今宵は、い つ も 以 上 に 、ゆっくりされていってくださいね」
と、“いつも以上に”を妙に強調しながら、颯爽と続きの挨拶を済ませ、にこりと微笑むと、また颯爽と立ち去って行った。
「あぁ、ど、どうも……――いや、“ハンターさん”って……」
その随分と上機嫌であった法雨に、花厳は咄嗟に呼び名の意を問おうとしたが、その頃にはすでに、法雨は別の客の前に到着していた。
(――……法雨さん。機嫌は良さそうだったから、良い事があったのは確かだろうけど……。――でも、“ハンターさん”って、どういう……?)
そんな法雨の様子を反芻し、花厳が一人考え込もうとしていると、ふと、上品な笑い声が聞こえた。
その――自身が愛してやまない笑い声に、花厳が顔を上げると、そこには、カウンター越しに微笑む桔流が居た。
桔流は、楽しげに言う。
「早速、法雨さんにからかわれましたね」
花厳は、その桔流にひとつ微笑み、
「――桔流君。――お疲れ様」
と労うと、再び困惑の表情で、桔流に問うた。
「――えっと、“からかわれた”っていうのは……」
そんな花厳に、桔流は楽しげに答える。
「ふふ。――どうやら、法雨さん。“花厳さんが俺の事逃がさない”って、最初から勘付いてたらしいですよ?」
すると、花厳は少し驚いたようにして言った。
「えぇっ。――あぁ……。――だ、だから“ハンターさん”か……。なるほど……。――そうか……。――俺、そんなにがっついてしまってたんだね……」
そして、微かに耳を下げると、花厳は苦笑した。
しかし、ふと顎に手をやった桔流は、その花厳に、ひとつ考えるようにして言った。
「う~ん。――と、いうよりは、多分……」
「……?」
その桔流に、花厳が黙したまま眉を上げて問うと、桔流は続けた。
「――俺を見てる時の花厳さん。――“獲物を見るような目”をしてたんじゃないですかね」
「“獲物を見るような目”……? ――……そうなのか」
「多分、ですけどね」
そんな桔流の言葉に、自覚が無いらしい花厳は、しばし考え込むようにする。
その様子を見やりながら、桔流は言う。
「経験者には、分かっちゃうのかも」
「え? ――“経験者”って……?」
花厳が、その桔流に問うように顔を上げると、桔流は、花厳の視線を誘うようにして、店の入り口側にそっと視線を向けた。
花厳は、それにひとつ眉を上げると、桔流に従い、その視線をそっと辿る。
視線の先には――、法雨が居た。
視線の先の法雨は、花厳と同じようにして、入り口近くのカウンター席に腰掛ける男と親しげに話していた。
その男は、一見してオオカミ族の獣亜人らしいと分かる。
毛並みは、花厳と同じく漆黒で、年齢も、花厳より上であろう成熟した大人らしい雰囲気を纏っている。
また、その男は、――人並よりも体格が良く高身長な花厳よりも、さらに背が高くがっしりとしているようにも見えた。
一見するだけでも、良い意味で、非常に目立つ容姿をしているらしいと分かる。
花厳は、その男を一見し、そのような印象を抱くと、ふと男の瞳に目をやり、次いで、手元へと視線を戻した。
そして、男の誠実そうな空色の瞳を思い起こしながら、桔流に小声がちに問う。
「桔流君……。――もしかして、あのオオカミ族のお客さんって、法雨さんの……?」
すると、桔流は、にこりと笑んだ。
「ふふ。――分かりますか?」
花厳は、それに、微笑み返して言う。
「なんとなくね。――法雨さんを見る目が……」
「ほら。――ね」
「え?」
そんな花厳は、桔流の言葉に首を傾げる。
桔流は、言う。
「がっついてなくても、分かっちゃうでしょう?」
それに、花厳は納得した様子で笑った。
「あぁ。なるほど。――ははは。確かにそうみたいだ。――よく分かったよ」
(――という事は、俺も、いつからか、――分かる人には分かってしまうくらいには、桔流君を“見る目”が変わってたって事か)
「法雨さんは流石だね……」
そんな花厳が苦笑すると、桔流はまたひとつ笑った。
「ふふ。法雨さんの勘は、めちゃくちゃ鋭いですからね」
それに、花厳も楽しげに笑うと、桔流は、手際よく仕上げたシャンパンカクテルを、花厳の前に据えた。
そして、それに礼を言った花厳が、それからしばらく桔流との談笑を楽しみつつ、料理とカクテルを楽しんでいると、店のドアベルが新しい来客を報せた。
その報せを受けた、店内のすべてのスタッフが店の入り口に視線をやると、
「わ……」
と、小さくこぼした桔流を除き、店内のスタッフ全員が、来客に出迎えの声をかけた。
そして、驚いた様子のまま入り口を見ている桔流を不思議に思い、花厳も店の入り口を見やると、花厳もしばし眉を上げた。
(――あ。――あの子は……)
その花厳と桔流の視線の先では、先ほど来店した客達が、小柄なネコ族のバーテンダー――茅花 姫 により、テーブル席へと案内されてゆく。
そんな二人客のうち、片方の青年に、花厳は見覚えがあった。
(あの子は確か、桔流君の友達の――)
その――、カラカル族の青年は、以前、花厳が桔流の恋人だと勘違いをした、桔流の友人――凪 御影 であった。
そんな御影に、勝手に勘違いをした事を心で詫びつつ、花厳が二人から視線を戻すと、桔流はまたひとつ静かにこぼした。
「樹神 さんの洋服……やっぱ違和感すげぇ……」
「え?」
桔流からは、次に御影の名が出ると思っていた花厳は、静かに問う。
「“樹神さん”? ――それって、あのキツネ族のお客さん?」
それに頷くと、桔流はこそりと言う。
「はい。――樹神さん。稲荷神社の神主さんなんですけど、――いつもは和服なので……」
その桔流の話に、花厳は、今一度ちらりと彼らのテーブルを見やる。
そして、“樹神”と云うらしい、すらりとした男を見れば、純白の髪と毛並に、やや小ぶりな三角耳、加えて、ふわりとした大きな尾を持つ事から、彼がホッキョクギツネ族であろう事が分かった。
また、温和そうな性格であろう事も、その穏やかそうな表情から見て取れた。
無論、花厳は、“神社に居る時の樹神”を見た事がないゆえ、今の装いにギャップなどは感じなかったが、その端正な顔立ちや落ち着いた振る舞いからは、大人の男らしい魅力をも感じた。
「――随分若く見えるけど、稲荷神社の神主さんなんだね」
花厳が今一度の確認を終え、ひとつ言うと、桔流は頷き、続けた。
「そうです。――〈白幸 稲荷神社〉って云う稲荷神社の神主さんなんです。――因みに、その神社、色んなご利益のある神社って事で、結構有名なんですけど、――聞いた事ないですか?」
それに、思い当たる節があったらしい花厳は、言う。
「あぁ。その神社なら、名前と話だけは聞いた事があるな。――そっか。有名な神社なのは知ってたけど、神主さんがあんなに若い方とは知らなかった……。――なんだか、それだけでも人気が出そうだね」
すると、そんな花厳の推察に、桔流は楽しげに言う。
「ふふ。鋭いですね。――実は、まさにその通りで、――〈白幸稲荷〉には、神主目当ての参拝者も、結構多いみたいですよ?」
「ははは。まぁ、あんな素敵な神主さんが居たら、そうなるよね」
それに、花厳が笑って言うと、桔流もくつくつと笑った。
その中、花厳は先ほど見た、樹神の“目”をふと思い出す。
(――確かに、意外と分かりやすいんだな。――“そういう目”は)
花厳は、一目こそしたものの、樹神を凝視するような事はしていない。
だが、それでも、あの二人――樹神と御影が、“そういう仲”である事は、なんとなく分かった。
御影を見つめる樹神の“目”は、確かに、赤の他人である花厳にすら、“その関係性”を感じさせるものであったのだ。
そんな二人の事から、花厳が改めて思っていると、ふと桔流が言った。
「次、何にしますか?」
そう問われた花厳のグラスは、ちょうど、次の一口で空になるところであった。
その、“ほどよい声掛け”に称賛の意を込め、
「ありがとう」
と、言った花厳は、オーダーを考える。
「う~ん。そうだな。――シーズンカクテルも今頂いたし……」
そうして考える中、花厳は、ふと思い立つと、
「――あ。じゃあ、――桔流君の今日のオススメをお願いしようかな」
と、笑んた。
その花厳のオーダーに、桔流は嬉しそうにすると、
「かしこまりました」
と、それを承るなり、またひとつ続けた。
「――あ。花厳さん」
「ん? なんだい?」
そんな桔流の手元を楽しみつつ、花厳は応じる。
桔流は、シェーカーに氷を入れ、少量の水で氷を馴らしながら言う。
「――もし、良ければ、なんですけど。――来年の初詣。――一緒に行きませんか?」
桔流は、問いながら、手元のシェーカーに、ホワイトラム、ホワイトキュラソー、レモンジュースを、手際よく注ぎ入れてゆく。
その桔流に、花厳は嬉しそうに言った。
「あぁ。いいよ。ぜひ。――君と初詣に行けるなんて、夢みたいだな」
そんな花厳に嬉しそうに笑むと、桔流は、
「――俺もです」
と言い、軽快な音を響かせシェーカーを振るった。
「あ。それで、――場所は、さっき言った〈白幸稲荷〉に行きたいなって思ってるんですけど。――どうですか?」
その桔流の提案に、花厳は、
「もちろん。いいよ」
と言って微笑んだ。
そして、しばし記憶を辿ると、続けた。
「――確か、〈白雪稲荷〉って、健康や学問、商売繁盛に恋愛、縁結びとかで有名なんだっけね」
桔流は、それに、
「そうです、そうです」
と頷くと、続けて紡いだ。
「――あとは、夫婦仲とか子宝のお願い事にもいいみたいですよ」
その桔流の補足に、花厳は感心した様子で言う。
「そうなんだ……。――万能な神様だなぁ」
「ふふ。そうですね」
そんな〈白幸稲荷〉は、花厳の言葉通り、多種多様なご利益を得られるという“万能さ”も人気の理由で、特に出会いを望む者、カップルや夫婦などの参拝者が多く見られる神社であった。
そして、花厳と桔流は、その万能稲荷へと初詣に参じるわけだが――、その事を踏まえ、花厳はひとつ考える。
「う~ん。――でも、それだけ万能だと願い事に迷っちゃうね。――俺は、何をお祈りしようかな」
そんな花厳の言葉を楽しげに聞きながら、
「ふふ」
と笑うと、桔流は、仕上がったカクテルをグラスに注ぐ。
次いで、注ぎきったところで、桔流は言った。
「来年の元旦に、花厳さんがお祈りする事なんて、ひとつしかないんじゃないですか?」
「え?」
そんな桔流の瞳を見つめ返し、言葉の意を問う花厳に、桔流は微笑む。
そして、仕上がったカクテルを花厳の前に丁寧に据えると、胸を張るようにして姿勢を正し、その長くしなやかな尾をひとつ揺らした桔流は、
「来年の元旦に、花厳さんが神様にお祈りするのは、コレです」
と言うと、花厳が祈るべき願いを、告げた。
「――夫婦円満」
そのカクテルの名は、――“XYZ”。
その名が有する由来は、様々な“終わり”、“最後”――。
授けられた意味は、“これ以上にない”、“究極の”――。
そんな彼には、さらに、“授けられた言葉”があった。
授けられた言葉は、――“永遠にあなたのもの”。
愛する者と過ごす、初めての聖夜。
その祝夜。
その手で仕上げたカクテルと共に、桔流が捧ぐは、花厳への――。
Fin.
🍵 Thank you for your time... 🍵
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