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4.子犬たちの遠吠え
「ッキイッ! ナニあのもじゃもじゃッ!! ボクらの会計様をたぶらかして!!」
上質そうなハンカチをコレでもかと噛み締めて、高い声を上げるのは会計親衛隊隊長。
「嘆かわしいです!」
涙の顔を手で隠しながらシクシクと同意するのはその副隊長。
「書記様が、あの人を選ばれたのならば……」
「ダメです、隊長ッ! そんな弱気になっちゃ!」
こちらは書記の親衛隊隊長とそれを励ます副。
「打倒もじゃもじゃ!!」
「よし、よく言った! 作戦練ろう!」
あー……あれダレの親衛隊だったかな。
崇高対象はすっかりと忘れ去ったが、晃心は隊長と副隊長はもちろん、隊員の名前と顔を覚えている。何となく。
普段ならば会議とは名ばかりでまったり自分たちのアイドル自慢のお茶会となるのだが、今までに類を見ないほど怒気を孕んでおり荒れていた。転入生とその取り巻きとなってしまった己の対象物について、という議題は見事にまとまってはいるが。
……コーヒーって、何杯飲んだら眠気飛ぶかな。
大体いつもは茶なのだが、近頃の寝不足が祟って常に付き纏 う睡魔。今日は隊の子にクマを隠してもらったから大丈夫なはず。ナゼに化粧を常備しているのかはあえて突っ込まない。
本当は書類作成のためにこの時間さえも惜しいのだが、さすがに過激な派閥の動向には注意したいしある程度クギも刺したい。しかも各隊長副隊長の集う場となれば公に諌 める事ができるので、欠席する訳にもいかない。うちの副隊長にお願いするのも一瞬頭を掠めたが、彼は頼めば依頼したことは遂行してくれるが、意外と周囲や副会長についてもどうでもいい人間なのでちょっとお願いしにくい。結局自分が出て行かなければならない。横で美味そうに茶を啜っているのは、自分に付き添っているからなだけ。
さて、どうしたものか。
「珍しい物飲んでるな木谷 」
「松本先輩」
黒色の水面を半眼で眺めながら思案していれば、この集まりで異色の低い声が横から掛けられる。見上げた先の男前の顔には強い疲労が浮かんでいる。本当ならば、この男も何かしらの親衛隊が結成されてもおかしくないほどであるが、彼は自ら現会長の親衛隊隊長にと望んだ。しかも、会長が新入生で高等部に上がった時から一つ年上の彼が勤めているというのだから、この中で一番の古株だ。棚ボタで舞い込んできた自分とは雲泥 の差である。
どうやら彼の方も難航しているらしい。
「ちょっと気分を変えました」
空白の生徒会役員の席を埋めるのが晃心と副会長の恋人ならば、席を外した役員の説得に奔走しているのが彼だ。一時はコチラを気にして書類作成に入ろうとしていたが、晃心がねじ伏せた。副会長である幼馴染はまだしも、どう考えても自分たちよりも長年付き合いのある松本の方が分がある。本当は今年度受験の彼に手を引いてもらうのが一番なのだろうけど、何にせよ手勢が少ない。他の親衛隊隊長・副隊長たちはどうせ引っ掻き回すだけなので臭わせてすらいない。晃心としてはたとえ似たような親衛隊の括りであろうと、その辺りは転入生と一緒くたになる。
「――どのくらい持つ?」
潜められる声に、カップを口元に運びつつ答える。
「いち……持ち堪 えるのは二ヶ月が限度。でも他が黙っていないでしょう」
リコールの署名はナニを思ったか風紀委員長が晃心に押し付けたが、現在は抜けてしまった生徒会の補佐たちを繰り上げて正式に役員にしようとする動きもある。基本構成が一年生であるので上級生の尻拭いをさせるのはかわいそうといえばかわいそうであるが。逆に前生徒会役員をという声もあるが、彼らは受験生であるため現実的ではない。頭痛がするのは寝不足なだけではないはずだ。
しかも発足して数ヶ月であり、今までは仕事はそれでも奇跡的に少ない方である。これからどんどん増えていく。一ヶ月半後には夏休みに入るが、生徒会主催の夏休みイベントがある。行事の多いこの学園を呪いたくなるのは致し方ない。
八方塞がり。
現状打破という意味合いならば、署名を持って風紀委員会の扉を叩けばいいのだろうが、生憎と自分と幼馴染の友情はそんなに脆くない。最終手段ではなく、ただただ使いたくないだけ。
空になったカップの底をしばし眺めた晃心は、ヒートアップした周囲を見回して極上の笑みを浮かべた。
「皆さん、せっかくの可愛いお顔が台無しですよ?」
「木谷くんは腹が立たないのッ!?」
「そうだよ!!」
「っちょ――」
怒りの矛先を晃心に向けた松本以外の正副隊長の非難に、隣の副隊長が腰を上げかける。それを一瞥だけで宥めながら、微笑んで魔法の言葉を放った。
「ボクは副会長様を心の底から信じていますから」
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