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番外 おかあさんの溜め息
「副隊長!」
「……どうしました」
勢い込んできた数人の隊員の表情をひと目見て、世良 は頭を抱えたくなった。が、副隊長のネコを被ってニッコリと微笑んでやり過ごす。
「僕達の隊長と風紀委員長が恋人同士ってウソですよねッ!!」
「どこからそんな話が?」
色々頭の痛い発言だ。
木谷晃心 は隊員たちのものでもないし、やはり火がなければ煙は立たないのだろうか。
事実確認をすると、興奮気味の隊員たちを一旦引き下がらせて世良はひとり溜め息をついた。
真実を話すのは当人たちが良ければ問題ない。当代の副会長親衛隊と名は打っているが、内容は必ずしもそればかりではない。隊長である晃心の人柄に惹かれて入隊した者も少なからず居る。ある意味、木谷信者なのでまだいい。性格も基本的に大人しい者たちが多い。問題なのは、その周りである他の隊と無所属の者たち。
親衛隊の乗り換えは禁止、隊内・対象との恋愛もご法度。
空になったカップの底に視線をやる。
晃心と宝生里央 の場合はそのどれからも外れているといえばそうであるが、そうでもないといえばそうでもない。本当に面倒な男と一緒になったものだ。
学園内でも有名な風紀委員長様で、学園外でも有数な企業の跡取りのひとり。狙っている者は後を絶たない。男であろうが女であろうが。
――でも、晃心がいいなら。
自分や大倉 以外に晃心が己を曝 け出している数少ない貴重な相手。
普段はちょっとやそっとでは動じない、晃心の分厚い仮面を剥ぎ取れる人間。よって甘えられる人間とイコール。器用貧乏と言っていいのか自分で色々片づけてしまえる能力がある分、他人の甘えを感受することはできる。が、同時に己を許すのが果てしなくヘタだ。
世良としてはいけ好かなくとも、宝生里央の件は履 き違えてはいけない。
「…………な、んです、か……」
「いや、珍しいと思って」
視線を上げた先に思わぬ顔を見つけ、瞠目 しながら変にどもった。
今の今まで考えていた晃心と似て非なる者の出現に、知らず口が渇く。
「……いつ、日本に?」
張り付いたのどから搾り出した声は無様に掠れていた。
死亡報告は受けていないので、生きているとは思っていたが。
小さな傷も大きな傷もイチイチ心配しているとコチラがもたないと、気付いたのはいつだったか。激戦区にも赴く医師兼ルポライターなのだ。何が起こっても不思議はない。ドッシリと構えていなければやってられない。
彼の息子である晃心を引き連れて、この安全な国に留まると決めたのは自分なのだから。そのくらいの心労は自分で処理しなければならない。
「さっきこっちに着いたばっかりだよ。ノックしても返事ないから入った」
普通は返事がなければ入室はしない。
ケロリと言い放った、久しぶりに会う男は珍しくスーツを着込んでいた。
「息子の所には顔ださなくていいのですか」
本来の落ち着きを戻しつつある世良は素っ気無く木谷父に質問を投げかける。
「居なかった」
……ああ、委員長のところにでも居るのか。
先ほどまで考えていた二人の顔を思い出す。
ぼんやりとする世良の顎を持ち上げた男は、晃心と似たパーツを使っているがワイルドさが引き立つという不思議な顔立ちをしている。
「……痛いです」
「いつになっても生えないな」
無精ひげへの文句を口にすれば、大きな手のひらでラインを撫でられる。
「あなたの息子と同い年ですから、まだでも――っんン……」
強制的に絡められた舌に吐息すらも奪われる。
「……ぅん、」
室内に思いのほか響く、水音に耳朶 も犯される。
ちいさなリップ音を目尻に受けながら、夢うつつに見上げる。
「……止まらなくなりそうだな」
苦笑ながらの顔に晃心を見出して、ほっと吐息を漏らしながらそういえばとスマホを開く。
「どうした」
「『夕涼み祭』で晃心浴衣を着て、とても似合って……あ、」
ひと目見て、表情を曇 らせた男に首を傾げる。
そういえばあまりに似合っていたので、風紀委員長が買い取ったらしいと聞きかじっている。
「……どいつだ、晃心を変えたヤツは?」
地を這うような低い声に意識を戻し、般若 のような表情に己の失態を知らされる。
真実を告げるべきか、晃心の安寧 を守るべきか、お母さんは一瞬迷った。
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