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第1話

 平岡壮太は、ふて寝をしていた。  これといって、なにかあったわけではない。なにもないから、ふて寝をしている。いつもどおりすぎるから、ふて寝をしようと考えたのだ。  目覚めたら枕元にプレゼントがある、なんて夢見る年頃を、とっくに過ぎてしまった二十歳のクリスマス。年齢イコール彼女いない歴の壮太にクリスマスの予定はない。友人との約束もない。ついでにいえば、バイトもなかった。大学の授業はあるが、行く気にならない。 「あー」  ごろりと寝返りを打って、壮太は薄いカーテンの隙間から差し込む朝日に舌打ちをした。お金を節約したかったので、カーテンはレースのカーテンとセット売りをしていた、格安のものを使っている。だからしっかり閉じていても、生地が薄いので陽光を透かして室内に送り込んでくる。その上、サイズがすこし合っていないので、隙間からも灯りが入ってくるのだ。  いつもはそれが目覚まし代わりになっていいと思うのに、今日はとってもうらめしい。  それもこれも、今日がクリスマスだからだ。  クリスマスは罪深い。  昔はとても、うれしい行事だった。だが、成長するにつれて、壮太にとってはモヤモヤするものとなった。  うかれる人間を非難する気はこれっぽっちもない。うらやむ気持ちはあるが、だからといって彼女をゲットするために努力をしたりはしていない。彼女は欲しいが、どうすればいいのかわからない。理想が高いわけではないと思うし、自分はイケメンとは言わないまでも、そこそこイケてはいると思う。  さわやかに切りそろえている短い黒髪は、軽いクセ毛のおかげでワックスで整えなくとも、無造作ヘアになってくれる。  バイトの女の子たちが、おしゃれですねと言ってくれるから、きっとそうなのだ。服装だって、高いものではないが組み合わせなどは気にしている。量販店のものを、間違いのないように合わせているから個性が出ずに、そのへんの男と見分けがつかなくなっているのかもしれない。  背は高くはないが低くもなく、標準的だと思う。体つきもマッチョではないがデブでもないし、ガリガリでもない。  普通過ぎて、女の子の目に留まらないのではと不安になるが、それでも平凡な男がかわいい女を連れていたりするので、そこはやっぱりなにかコツがあるのだろう。  そのコツがわかれば、苦労はしないのだが。 (そもそも、俺が努力しようって思うくらいの相手と、出会えていないのが悪いんだよな)  布団をかぶって朝日から隠れつつ、壮太は思う。彼女ができないんじゃない。彼女にしたいと思える人と出会えていないんだ。  むなしい言い訳だとはわかっているが、しないではいられない。だって今日はクリスマスだ。平日とはいえ、クリスマスなのだ。  イブイブの土曜日とイブの日曜日は、バイト先でせっせとカップルや男女のグループなどの対応を笑顔でこなした。壮太のバイト先は居酒屋だ。しあわせそうな顔をした同年代や年上の男女が、陽気に酒を酌み交わし、プレゼントを交換したりしている姿を横目で見ながら、にぎやかな店内を行き来してドリンクや食事を運んでいた。  しあわせな時間を提供しているのだから、ある意味、俺はサンタだな。  なんて自分に言い聞かせて、最大級の笑顔を浮かべてイチャイチャしているカップルに酒を運び、陽気に騒いでいる同年代のグループに料理を運んだ。忘年会らしいサラリーマンの集団もいるにはいたが、それはあまり意識に残っていない。  うらやましくなんか……あるに決まっている。  だが、ほかのバイトの面々だってそうなのだ。俺だけじゃないと言い聞かせて、壮太はバイトをがんばった。そして笑顔で「おつかれさま」と言い合って、更衣室に入り、明日のクリスマス本番は恋人と過ごすのだと話しているバイト仲間の言葉を聞いて、心が折れた。  それはもう、キレイに真ん中から、パスタを折り曲げたみたいにあっけなく。  笑顔を引きつらせた壮太は、そそくさとバイト先を後にした。帰宅途中にあるうらびれた神社で、みぞおちのあたりにわだかまっているやるせなさを吐き出して、そそくさとマンションに戻り、とりあえずシャワーだけは浴びてベッドにもぐりこんだ。  明日はぜったい、外には出ないぞと心に決めて。 (クリスマスなんて関係ない。俺は、いつもどおりに過ごすんだ)  そんな考えをしている時点で、もうすでにクリスマスを思い切り気にしているのに、壮太はいつもどおりを心がけ、いつもはしないふて寝をしている。  今日の講義をサボッても、単位に問題はない。壮太は基本、真面目なのだ。規則にうまく流されると言ってもいいかもしれない。とにかく、あまりだいそれたことをしたりしない、見た目も中身もそこそこの、それなりに平均的な大学二年生だった。

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