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第1話

浜名庵(はまないおり)は、まさに今、絶体絶命のピンチを迎えていた。 目の前に座って優雅にコーヒーを飲む男は、そんな俺の様子を見てにやにやしている。 こんなつもりじゃなかったのに…と思ったところで、状況は何も変わりそうになかった。 遡ること1週間前。 「ありがとうございました!」 面談を終えた俺は、別室から自分のデスクに戻っていくと、ふぅとため息をついた。 「浜名ぁ、どうだったよ?今日の人は。」 「うーん…とても悩んでいたけど、すぐに支援をすることはなさそうかな。」 「また浜名お得意のお悩み相談かよ。」 「うっ…。でも仕方ないだろ、悩んでたし、無理に転職させる必要もなさそうだから…。」 「これじゃ、数字上げられなくてリーダーから怒られるぞ?」 「そうなんだよね…。」 隣の同期の(つかさ)はそんな俺の様子を見て、まぁ仕方ないか、という表情をした。 「浜名は人がよすぎるんだよ。悩みに寄り添いすぎ。女子はたいてい相談前にある程度は答えが決まってるもんで、ただ背中を押してほしい生き物だからな。元カノもそうだった。 で、結果はこれよ。」 司はおどけて、辛そうなそぶりをした。 「わかってるって。でもどうしても話を聞いちゃうんだよ…。」 「それが悪い訳じゃねぇよ。営業として目標数字につながらないから問題なんだよなぁ…。」 司の言葉を聞いた俺は肩を落として、再度ため息をついた。 今勤めている会社は人材紹介会社で、転職をしたいと考えている人から面談で話を聞き、 その人の希望に沿った企業を提案するというマッチングサービスを行っている。 大学卒業後、「人の話を聞くのが上手だから」と周りの友達に勧められたのが、人材業界 だった。もともと人手が足りていない業界ということもあり、早々と内定をとり、新卒入社して早3ヵ月…。ようやく1人で面談もできるようになってきた矢先に発覚した問題だった。 面談をして悩みを解決したところで、そもそも企業を提案して応募してもらえなければ、 転職も決まらないし、部署の売り上げに反映されることはない。転職をするかしないかで悩んでいる人よりも、転職先を悩んでいる人と面談した方がすぐに支援ができるから売り上げが たちやすい。 …なのに、俺はどういうわけか、転職をしない気持ちが強い人ばかりと面談をしている。 司や他の同期たちが支援を成功させ、売り上げを上げ始めた最中、ずいぶんと埋められない差ができてしまったような気がして、焦る気持ちや一抹の寂しさを感じていた。 「でももう入社して半年だから、そろそろいい人を探して面談しないと…。」 「だったらこんな人はどうだ?」 司がPCの画面を自分に向けた。 「今すぐにでも転職したいっていう33歳の男性がうちのサービスにネットから登録してきたんだけど、この人だったらどこか決まるんじゃね?大学はいいところ出てるみたいだし、経歴や詳細はわからないけど、文章の書き方が頭よさそう。浜名から一度面談しようってメールしてみたら?」 「確かに…。」 自分がこれまで面談してきた人とは、何か違うものを感じた。 司の提案ということもあったからかもしれない。すぐに俺は期待を込めて、スカウトメールを送った。 ……その結果が、これだ。 目の前に座って優雅にコーヒーを飲む男は、にやにやしていても、嫌味な感じを与えない。 まさにできる男…なのだが、自分の予想をはるかに超えた、できる男だった。 メールを送った男とは、六本木で会うことになった。相手は仕事が忙しいようで、職場から近い六本木のカフェを指定してきたのだ。待ち合わせは21時。会社を早めに出て、カフェの中で 準備してきた数社の企業の求人票をちらちら見ながら過ごしていると、入口から背の高い1人の男がまっすぐ俺のところに向かってきて、向かい側の席にドスンと座った。 「浜名って、お前だろ?」 乱暴な物言いも、まったく気にならないほどの、イケメン。青のスーツがよく似合っている。 「……:椹木(さわらぎ)さんですか?」 「そうだ。…お前、名刺ないのか?」 「あっ…。すみません、あります!えっと…浜名庵と申します!この度はご面談にお越しいただき、ありがとうございます!」 座ったまま名刺を受け取った男は、名刺を机の右側に置いて、俺に尋ねた。 「別にそんなことはどうでもいい。さて、お前はどんな会社を俺に提案するんだ?」 …にこりと笑いながら。

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