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『全英霊、座への帰還を確認致しました。』 機械的なアナウンスが流れ、それは立香の鼓膜で静かにはんすうされた。 なんの変哲もなかったはずの自分が、世界を救うマスターへとなった。逸話にも、伝説にも聞く大英雄達を従え、人理修復を果たしたのはもう半年も前。突然訪来したクリスマスイベントに翻弄されつつ、カルデアは平穏な毎日を取り戻していった。 「座に、帰らせて頂きます」 言い出したのは、ガウェインだった。 立香は耳を疑った。何故なら、今の自分とガウェインの関係は世に言う恋人、というやつで、立香は内心、もし英霊達が座に還る時がきても「ガウェインならもしかして最後まで残ってくれる」と思っていた節があるからだった。 だが、ガウェインを止める権利は自分にはない、その事を1番わかっているのは紛れもなく自分。走馬灯のように、今までの出来事が脳裏によみがえった。 それらを頭の隅に押し込めながら、 「………うん。」 一言だけ、返した。……否。一言だけしか、返せなかった。 唐突に、声をかけられた。生まれ育った地で、普通に生きてきて、これからもそれは変わらないはずだった。何もかもがわからないままにつれてこられたのは、自分の慣れ親しんだ地から遠く離れた、まるで世界から隔離されたかのような場所。 そして告げられた、人理の焼却。父も母も、友人も。それまで、当たり前のように息づいていたすべてが、なくなった。……ただ1つ、人理継続保障機関フィニス・カルデアを残して。 7つの特異点と、魔神王ゲーティアとの戦い。それで終わりはなく、突如として現れた4つの断章___。それは、新たに襲い来る大いなる戦いへの予兆に過ぎなかった。 全てが終わり、新たに加わるサーヴァントの為の種火周回をする日々。まるでそれが退屈だ、とでも言うかのようにやってきたアルテラとエレシュキガル。第7特異点はバビロニアで出会った、冥界の統治者。 それもいつかは終焉を迎え、本当の意味での平穏が訪れようとした矢先の事だった。 「話があります、」 マイルームでタブレット端末をいじっている時だった。 扉の向こうから尋ねる聞きなれたその声は、どこかよそよそしい感じがした。 (……?) ガウェインと、所謂「恋仲」というものになってからは、ガウェインは自分のことを「リツカ」と呼んでいた。はじめは2人の時だけであったが、いつしか周囲にも自分たちの関係が知れ渡った。いつ頃からだったか、ガウェインは自分のことを「マスター」ではなく「リツカ」と呼ぶようになった。 特に深く考えず扉を開くと、そこにはやけに神妙な面持ちの、愛しい騎士が1人。 「……どうしたの?」 しばしの沈黙が流れたかと思えば、手首をわしづかみにされ、なかば引きずられる形で廊下へと出た。何かあったのかと、黙ってついていく。 連れてこられたのは、初めてガウェインと出会った召喚の間だった。幾度となく一喜一憂したその部屋。見慣れたいつもの風景のはずが、いつもと違うと違和感に気づいたのは、先に部屋へと入ったガウェインの背後へと目を向けた時だった。 「ガ…」 「マスター。お話が、あります」 カルデアにいる時、基本サーヴァントたちは霊基を調節して、鎧やマントを外し軽装備になる。だが、マイルームを訪ねてきたガウェインは霊基を一切調節していなかった。……違和感は、その時から感じていた。 ガウェインの背後には、今まで自分が召喚(よびだ)した英霊たちの姿。恐らく、全員。揃いもそろって、皆装備は一切調節していない。最終再臨まで果たした、己が最も輝いた時分の姿。表情は、先ほどのガウェイン同様、硬く険しい。 「……な、に」 まさか。…まさか、そんな。 「我ら一同、座に、還らせていただきます」 「……っえ、」 「先日、皆で話し合い決めたことです。ここいらが、潮時かと。……短い間ではありましたが、我ら英霊、貴方というマスターにお仕えできたこと、心に刻み決して忘れないでしょう」 そんな、心を決めたかのように一息で喋られても。 助けを求めるように、ガウェインから視線を外して彼の背後に立つ英霊たちをみる。みな、同じ表情をしていた。もう、自分が何を言っても彼らの決心が揺らぐことはないだろう。 「うん。わかった」 この瞬間がくることは、わかってた。初めてサーヴァントとの逢瀬を果たしたその時から。ガウェインや他の英霊との絆が深くなるたびに、この瞬間が訪れることへの恐怖がぬぐい切れなかった。 だけどもし「」がやってきたら、いろいろな言葉をかけたいと、今までの感謝、思い出をたくさん言いたいと。……そう思っていたのに、現実はこの様。 「アルトリア・ペンドラゴン、今この時をもってあなたというマスターとの契約を解除します。……、ありがとう」 1人、また1人と英霊たちが座へと還っていく。感謝の思いを述べねばならないのは自分のほうなのに。去っていく英霊たちに大した返事ができずにいる自分が恨めしい。 わかっていた、わかりきっていたことじゃないのか。どうしてこんなにもうつろな気持ちに襲われる。……本当は、こんな思いになる理由さえもわかっている。でも、頭が……体が、 「」 「っ、ガウェ……」 「太陽の騎士、円卓の騎士が1人このガウェイン。あなたへお仕えできたこと、心からの誇りでございます」 気づけば、もう残っているのはガウェイン1人になっていた。 「またいつか、お会いすことのできるその日まで」 「ガウェっ…」 自分の手にやさしくキスをしたかと思えば、そのまま消えた。……消えてしまった。 「先輩、」 背後から、声が聞こえる。あぁ、マシュだ。これは、マシュの声。 ……違う、これじゃない。自分が聞きたいのは、この声じゃない。でももう、いない。わかってる、わかってるけど……でも…っ! 「先輩、お気持ちはお察しいたします。……ですがもう直に査問会の方々がやってきます。お願いです先輩、どうか、お体を休めてください…」 ぁあ、だめだな自分は。マシュにこんなこと言わせて。本当…ダメなマスターだ。 頭でわかっているのならそれで充分じゃなか。そうだ、十分なんだから。こんなクヨクヨしていたって仕方ないだろう。 ……もう、彼は、いないんだから。 「あの、先輩…っ」 「ごめんごめん。うん、わかったよ。……ありがとう、マシュ」 もう、あの愛しい声は、聴けないんだから。

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