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第1話

「アっ、も、イク……っ、ぁんん……っ」 「ん……」 俺と自分の性器を一緒に握り込んでいたテツが肩を揺らし荒い呼吸を繰り返し、程よく厚みのある胸板を上下させる。 「すっげ……いっぱい出たなぁサキ。溜まってた?」 「……るっせ。テツだってどろどろに出てんじゃん」 「そりゃまぁ、サキとやると興奮するしな」 互いに放ったものをティッシュペーパーで拭き取って、テツが部屋を換気するため窓を開ける。 途端に湿気った生温い部屋の中にまだ冬の名残を纏った冷たい風が舞い込んだ。 「う、さむっ。風邪ひきそう。サキ、早くパンツ穿けよ」 「言われなくても穿いてる」 窓を開けるのは仕方ない。 部屋に高校男子2人分の性の匂いが漂っているのだから。 「サキ、今日なんだか機嫌悪い?シたくなかった?」 俺はジーンズのフロントボタンを留めて自分より上背のある大型犬みたいなテツを見上げた。 シュンとした表情で俺の機嫌を窺い見るのは、少しの罪悪感を胸に芽生えさせるのでやめてほしい。 「別に。気持ちよかったし」 「んじゃなんで怖い顔してんの」 「……」 怖い顔をしているつもりはないのだが、神妙な顔つきになっていることは自覚済みだ。 何故かというと、これから俺はテツに伝えなくてはいけないことがあるからだ。 「サキ?」 「俺らもうすぐ卒業だろ」 「うん」 テツは俺をじっと見詰めて頷いた。 「進学先だって違うしどうせ会えなくなるんだったらどうせコレも終わるんだ。卒業までまだ少しあるけど……だらだらと続けるより今日できっぱりお終いにしたい」 そう。俺達はこの春、高校を卒業し、それぞれ違う道を歩むことが決まっている。 俺は地元の大学へ。テツは地元を離れ新しい地でアルバイトをしながら専門学校へ行くのだそうだ。 だから……。 そもそも俺たちのこの関係の始まりは、ただの好奇心からだった。 自分でするより他人の手でした方が気持ちいいだろうってそんな軽いノリで始まって。 セックスしてるわけじゃないからセフレとは言わないのかもしれないけど、性欲を満たす為だけの所謂エロ目的の友達付き合いだった。 テツの手は大きくて、同性だからかイイところを的確に攻めてくる。 それは自分でするよりも遥かに気持ちよくて、その行為にハマり、快楽に溺れ、何度も互いに行為を繰り返した。 それだけだったらよかったのかもしれない。 いつしか俺の中に、友情とは違う何とも言い難い感情が生まれ始めた。 触れるだけじゃなくて、もっと一緒に居たい。抱き締めたい。キスがしたい。 って、この感情はいくら何でも友達に向けるもんじゃないだろう。 そう自分自身に言い聞かせてきたけれど。 気付けばテツを目で追ってしまうし、テツの話声だって勝手に耳が拾ってしまう。 テツが他の友達と楽しそうにしているのを見ていると、顔はぶすくれて胸の奥底がきりきりと痛む。 こんなのはおかしい。 友達に向ける感情を逸脱している。 テツは友達だ。 同性の友達を"好き"になるなんておかしい。 だから終わりにするのだ。 もうすぐ高校を卒業するのだから、時期的にも妥当だろう。 きっと今ならば、後腐れなく若気の至りで済まされることなんだと思う。 だから、やめるのならば、今日だ。 テツは以前と変わらない。 変わってしまったのは俺の方だ。 俺が勝手にテツに恋心を抱いて、今ここで、この関係に終わりを告げて気持ち毎なかったことにしようとしている。 だって叶う見込みのないこんな恋、不毛でしかない。 「……」 テツは驚いた顔をして俺を見ていた。 急に突き放されれば誰だってそんな顔にもなるよな……と心でテツに同情し、しかしこれ以上を望めば恐らく俺の失恋が確定する。 臆病者の俺を許して、と心でテツに謝罪した。 「はっきり言って抜き合いがこんなに気持ちいいなんて思わなかった。テツの手、すっげぇエロくてめちゃくちゃ気持ちよかった。今度は女にしてもらおうぜ。つーか女よりテツの方がうまかったりして……」 軽口を叩くようにして言ったつもりだったが、言葉の語尾が不自然に震え、ぎゅっと下唇を噛んで誤魔化した。 俺は床に脱ぎ捨てたボアフードの付いたジャケットを羽織り、重く気怠さを残した腰を持ち上げた。 「じゃあな」 これは別れの言葉だった。 俺のテツへの恋心からの。 急激に襲ってきた寂しさと悲しさの目盛りが急上昇し、俺はもうテツの顔を見ることはできなかった。 鼻の奥がつんとして、じわじわと喉元に熱が込み上げ瞼の裏が熱くなる。 ここに居たら泣いてしまいそうだった。 「サキ!」 「……っ」 部屋のドアノブに手をかけ回そうとしたその時、背後から強い力で引き戻された。 かくんと腰が折れてしまいそうに強い力で引っ張られ、その体はテツの胸で受け止められる。 「あ……危ねぇだろ!急になんだよ」 「サキ、終わりにしたいなら、俺の目をちゃんと見て言え」 「……っ、な、何……マジになってんの……。何でそんなことしなきゃなんねぇんだよ」 テツの顔すら見ることができないのだから、テツの目を見て別れの言葉なんか言える筈がない。 「できないんだろ?それが本心じゃないから俺を見れないんだ。そうだろ?……なぁ、サキ……。じゃあ今度は俺の番だ。サキ、俺を見て」 「んむっ」 大きな手が俺の顎と頬を掴んでテツの顔を見るよう上向かせる。テツにしては雑な手つきで俺の頬を掴むもんだから、思わず変な声が漏れた。 「サキ」と優しい声音で呼ばれ、恐る恐る視線を上げてみる。 テツのいつになく真剣な表情と対峙する。 俺の一方的な別れの言葉が気に入らないのか、それともまさか、このまま不毛な関係を続けようとでも言うつもりなのか、先が全く読めず、只々不安に襲われた。 「……なに」 緊張からか声が掠れる。 「俺はサキと同じクラスになってから、サキのこと男だけど可愛いなってずっと思ってたよ。仲良くなりたくてサキに近づいた。偶然を装ってサキの好きな音楽とか、食いもんとか、共通の話題探して……。これって恋だよなってすぐ気付いた」 「……え?」 テツは何を言っているんだろう。 「手コキのことだって、サキに触りたかったしサキのエロい顔が見たかったから他人にシてもらうと気持ちいいらしいって誘ったんだ。そしたらサキ、俺の言うこと信じて俺に体まで開いてくれて……。そんな純粋で健気なところも可愛くて……。サキの事を諦めるっていう選択肢は俺の中にはなかったよ。今だって俺は」 ─どういうことだ? 言葉の意味が理解できない。 テツは呆けた俺の肩を掴む。 されるがまま俺の体はテツの真正面へ据えられた。 「サキ」 「……」 テツと視線が交わって、その眼差しが熱を帯びていることに気付く。 俺は金縛りにあったみたいに身じろぎ一つできず、その眼差しに捉えられていた。 「俺、サキのこと好き。超好き。この先進む道が違ったって、俺はサキの事が好きだ。サキは?俺、サキの返事聞くまでサキの事諦められない。っていうか、断られても諦めないから」 ─え……?何? 俺は頭がおかしくなったんだろうか。 ─嘘……。嘘だ……。テツが俺を好きって言ってる……。 「……っ」 「わ!サキ泣いてんのか!?」 ぶわりと押し寄せる大きな感情の波は瞬く間に瞼から溢れ出し、ぼろぼろと大粒の涙となって流れ落ちる。 「ひっ……ん、んぅ……っ」 泣きじゃくる俺を見て、テツは焦った顔で俺を強引に抱き寄せた。 「悪ぃ……。泣かすつもりは全然なかったんだけど……」 「だ……っ、だって、お前、そんな素振り一度も見せたことねぇじゃん!」 「それは、もし振られたら立ち直れねぇなって思ったから。ぎりぎりまで引き延ばしたんだよ……」 「ばか、テツ、かっこわり……、っ」 「うっせ。知ってるわ」 なんだかもう訳がわからない。 俺がずっと悩んできたことが一瞬で覆されて、悶々としてきた自分がアホらしく思える。 喜びと、悔しさと、テツとの関係を終わりにしようとした後悔と。 全部が一緒くたになって胸が詰まる。 俺は泣いた顔を見られたくなくて、額をテツの胸にぐりぐりと押し付けた。 「なぁ、俺たち付き合おう?卒業しても一緒にいよ……?サキ、返事は?」 未だに信じられない。嘘みたいだ。 これが現実ならばそんなの二つ返事でOKに決まってる。 「……別にいいけど」 「出た~、サキのツン。可愛いけど」 「可愛くねぇし」 「はぁ?俺のサキのこと可愛くねぇとか言うのやめてもらえますぅ?」 「敬語キモイ……」 「え。恋人に向かってキモイとか言うの?」と軽くショックを受けている真似をしているテツが照れ隠しでそうしていることくらいはわかった。 俺の悪態だって同じだから。 だけどこんな俺でも伝えずにはいられない。 「テツ、好き。卒業前にセックスしよ」 「え……」 俺からの告白にテツが固まる。 驚いたその表情が可愛らしくて、愛おしくて。俺は少しだけ背伸びして、テツの唇にキスをした。 初めてのキスは、涙でしょっぱく、砂糖みたいに甘かった。 ~終わり~

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