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1. He Loves 1
「ねーねー、ねーねー!」
うるさい。超うるさい。
隣でにゃあにゃあ鳴いてる猫の鼻を親指と人差し指でギュッと摘まむと、「んんっ」と無駄に色気のある声を漏らしながらぶんぶんと頭を振りだす。
その勢いで鼻から外れた俺の指をギュッと両手で握しりめて、そいつは長い睫毛の下から覗くクリクリした瞳を潤ませながらじっと見つめてきた。
「もう、意地悪! あー、でもそういうとこも好き。もっかいして?」
「アホか」
掴まれた手を振り解きながらそう吐き捨てれば、俺の肩を掴んで背伸びをしながら耳元に唇を寄せてくる。熱い吐息がふわりと耳朶に掛かってくすぐったい。
「ね、カイくん。エッチしよ!」
途端に周りがすごい勢いでこっちを振り返る。声がデカイんだって。もう死にたい。
溜息をつきながら適当に手に取っていた本を棚に戻す。そもそも俺はこんなところにもこいつにも全くもって用はないんだ。
「お前ね。ここ、どこだと思ってんの?」
「んー。学校? 図書室?」
「語尾を上げるな」
疲れた。頭痛い。帰りたい。
「お前が本を借りたいとか言うから来たんだろ、早く選べよ」
「そんなの放課後にカイくんとちょっとでも一緒にいるための口実に決まってるじゃん」
しれっとそう言いのけて、えへへと悪びれずに笑う。頭を抱え込む俺を見つめながら、薄い色をしたふわふわの猫っ毛を揺らしてそいつは恥ずかしそうに頬を染めた。
「カイくんって、なんでそんなにイケメンなの? もう、大好き!」
「バカ、アホ、変態、帰れ」
罵詈雑言を浴びせたつもりが、全く堪える様子はない。それどころか、嬉しそうに「カイくんの照れ屋さん」と呟いて身体を擦り寄せてくる。
「もっと言って。なんか、ムラムラしてきた……!」
ああ神様、バカに付ける薬を下さい。
「ほら。カイくんのこと好き過ぎて、勃っちゃったじゃん。責任取って?」
「あのなあ」
視線を下げればその部分が確かにしっかりと盛り上がっているのがわかる。一人で欲情しておいて責任を取れだなんて、身勝手も甚だしい。
「ちょっとだけ挿れてってば」
声を潜めながらそんなことを言われて呆れて言葉も出ない俺に、うるうると瞳を揺らしながら必死に両手を合わせて懇願してくる。
ああ、俺はその顔に弱いんだ。
「お願い、先っぽだけでいいから!」
ここ桜朋高校は、中学でクラストップの成績じゃないと入れないようなお堅い有名進学校だ。けれど、受験勉強の末に晴れて合格していざ入学した俺を待ち受けていたのは、とんでもない高校生活だった。
同じクラスになった、ひときわ目立つ外見の生徒。
クルクルとうねる柔らかな髪にこぼれ落ちそうな大きな目。周囲の視線を釘付けにする華やかな存在感。もう勉強なんてせずにアイドルにでもなればいいレベルの美少年が、入学式後初めてのホームルームを終えて帰る支度をする俺のところにおもむろにやってきた。
愛らしい顔をして言い放ったのは、突拍子もない台詞だ。
『ね、彼女とかいる?』
初対面で投げ掛けられた唐突な質問に、後ずさりしながら首を横に振れば、そいつはキラキラした瞳で俺を見つめて満面の笑みでこう言った。
『じゃあ、ちょうどいいじゃん。俺と付き合って!』
何がちょうどよくて、なんで俺がお前と付き合うことになるんだ。突然始まった告白にクラス中の生徒が固唾を飲んで見守る中、一瞬キョトンとしたそいつは俺を安心させるように言葉を続けた。
『あ、大丈夫! 男同士でもエッチできるから』
皆が呆然と口を開けて我が耳を疑う。今やクラスメイト全員の視線を浴びながら、顔だけは抜群にいい美少年は『だって、超タイプなんだもん』と全く求められていない理由を口にして、誰もがそこじゃないと思うタイミングで照れたようにそっとはにかんだ。
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