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call call call

「―……さすがに今日は遅刻しないんですね」 「まぁな。……卒業式、だからな」 僕は先輩の言葉に「そうですね」と答えて、ブレザーの左ポケットに忍ばせていたスマホから手を外した。 ―僕は、もう、先輩に電話をする必要が…………いや、電話が出来なくなってしまった。 僕はスマホを思い描きながら、先輩との思い出を再生し始めた…… 「先輩が来ないと困るのに、来ない方が嬉しい……けど、やっぱり困る」 ……来て欲しい様な……来て欲しくない様な……不思議な感情。 ―だって、そうなれば僕が先輩に電話する理由が出来るから。 僕は手の内のスマホの時計を見ながら思案中だ。 二重の感情がぐるぐる不毛な追いかけっこを始める。 時間になっても来なければ、先輩に電話をする答えは最初から決定しているのに……。 「……はぁ……」 これは……朝の弱い一人暮らしの先輩を、確実に朝練に呼び出すのが目的の電話なのだ。 部活の自主朝練に間に合う様に6時20分まで駅のホームに来なかったら、相手に何かを奢るという罰ゲームまである。 奢ると言っても、ジュースやパンや菓子等のちょっとした物だ。 今のところ……僕が連勝しているんだけど……。良いのかな? それなりな金額になってると思うんだけど……? ……でも、まぁ……つまり、それは先輩が連敗中で、僕は朝練がある日に毎回先輩に『おはようコール』をして、先輩から何かしら奢られているという……。 そして…… 「……今日も……だ」 ドキドキを通り越して、ドクドクとした血流を感じながら先輩にコールする。 別に今日が初めてでは無いのに……。 ……いつもこの感情を味わう……。 この僕の感情は普通の緊張……とは少し、違う、緊張。 「―…………はぃ……」 「……先輩? おはようございます……」 「……おはよ……、あー……電話あんがとな、スズ」 緊張する僕の声に、先輩の掠れた声が耳元に聞こえてきた。 寝ぼけてのんびりとした、低い声……。 全身が心臓になって、頬と耳が熱い……。 その日、僕は先輩から購買で一番好きなクリームパンを貰った。 ―……そんな事を思い出していたら、先輩が「あのさ」と声を掛けて来た。 僕はその呼び掛けに素直に先輩に視線を向けたら……物凄く真っ赤な顔をしていた。 普段見ない先輩の急激な変化に少し驚いていたら、先輩の口が動いた。 「朝……だけじゃなくて、スズからいつでも電話が欲しいんだけど?」 「……?」 先輩は 何を 言い出した の、だろう ……? 「……遠距離になるけど、俺と……付き合って欲しいんだ。好きだ……、スズ」 「!!」 僕はスマホをポケットに入れていて良かったと思った。 だって、手に持っていたら、先輩の言葉に確実に力の抜けた僕は落としてしまっていた。 「……返事、悪いけど今くれないか? ……砕けるなら、早い方が良いから……」 声が出ない僕に先輩が再び声を掛けてくれた。 僕は更に声が出なくなりそうだったけど、気が遠くなりながら声を出した。 「ぼ、僕、も……好きです!!!」 大きな声を出す勢いじゃないと声が出ない気がして、僕は叫ぶような声で返事をした。 先輩は最初、僕の声の大きさに驚いたみたいだけど次の瞬間、僕より大きな声で「ヤッタ!!!!」と叫んで強く抱きしめてきた。 今度は僕が先輩の行動に驚いたけど、僕はそのまま先輩に強く抱きつき返した。 こうして先輩が高校を卒業した日、僕と先輩は恋人同士になった。 そして…………先輩が他県の大学に行く前夜に初めてのキスをして、泊りがけで遊びに行ったゴールデンウィークで…… 「先輩……あの、その……」 「スズ、俺……すげぇ嬉しい……」 ……ゆっくりキスをしてから、先輩のベッドで初めて肌を重ねた。 唇以外での、求める熱を帯びた重なりに僕は先輩の前で直ぐに蕩て……。 体内に先輩の流れる込む熱を感じながら、先輩の手に導かれてペニスから吐き出しを行い……僕は悦びに四肢を痙攣させた。 吐き出しが終わったペニスを抜かれ、ポロポロと涙を流す僕を先輩はそっと抱きしめてくれて……そのまま朝を迎えた。 先輩の体温でまどろむ中で、僕はとても満たされていた。 その日は二人で寝坊して……お風呂場で再戦してしまった……。 ―そして月日は過ぎ去り………… 「……高校生活が……卒業式が終わった……」 僕は高校を卒業した。 桜の花びらより淡い雪が目立つ天候の中、僕は一人、立っていた。 僕は高校を卒業したら先輩と同棲する約束をしている。 住む場所も大学も一緒だ。 一緒に大学に通って、買い物をして、散歩も……他にもたくさんたくさん……たくさん一緒だ。 「……冷たい」 この掌に受けて解けたこの雪も先輩と一緒に住み始める頃には、柔らかな桜の花びらになるだろう。 その時、僕のポケットのスマホが振動した。 でも、それと同時に………… 「―……卒業おめでとう、スズ。卒業式後、一番に言いたくて……捜しながら電話しちまった」 大好きな人の自嘲気味な声が後ろから聞こえて、僕はあえて電話には出ずに後ろを振り向いた――……

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