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01 それは初恋のような
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フランス人留学生、ガブリエルの胸の呟き
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『切ない。切ない。切ない』
この言葉の意味を知っているつもりで、ボクは全然分かっていなかった。
キミを思うと切ない。見つめられてふっと微笑まれると切ない。繋いだ手の指が解かれるとき、軽く合わせただけのキスの唇が離れるとき切ない。恋人同士になった今もその切なさは変わらず、むしろ深まってゆくばかりだ。
『愛おしい。愛おしい。愛おしい』
気持ちは溢れ、ボクの恋人は受け止めてくれる。それでも胸が苦しい。愛おしさに胸がじんと締め付けられて、何もできなくなってしまう。
あの綺麗な顔を乱したい。髪に指を差し込んで掻き乱したい。でも、何もできないでいる。
ボクはこんなだったか?
付き合い始めて二ヶ月経つのに可愛らしいキス以上のことをしていない。
手を繋いだり、髪を撫でたり、時々ぎゅって抱きしめたり。それでも幸せな気持ちで満たされるけれど、あのしっとりとした肌に触れたい。甘い口内を舌でかき混ぜたい。もっと奥を知りたい。
はじめて日本で体験する春の訪れは、嬉しいばかりでなく切ないということを知った。人は別れ、それぞれの道へ旅立つ。悲しいことではないのに、寂しい。今まで当たり前にあった場所にもう戻れない。
しめやかに行われる「卒業式」というのも、初めて知った。春の別れと旅立ちの式典。そいういうものはフランスにはない。笑顔で夏の初めに別れを告げ、秋にはまた会えるかはわからない。別れはバカンスの楽しみに霞み、大忙しで始まる秋に忘れられる。
全校生徒の前で凛 がソージ(送辞)という別れの言葉を告げ、生徒会長のカオルがトージ(答辞)という礼を述べた。ふたりの言葉は儚く散る桜と相まり、とても静かに胸に響いた。
『好きだ。忘れない。ずっと、ずっと、変わらず…』
そうは直接口にしないで、ありがとう。さようなら。きっとまたどこかで。それだけの言葉に気持ちを込める。
みんなを見送る凛はいつものように笑うから、ボクが代わりに泣いた。そんなボクをなだめるように凛はふわりと抱きしめてくれた。去りゆくカオルたちと撮った写真に写ったボクは変な顔ばかりしている。
日本で過ごす日々が重ねられていく程、ボクはこの場所を好きになる。この場所で過ぎ行く毎日を好きになる。誰よりキミを好きになる。
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