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第9話 神戸牛のステーキランチ
神戸牛のステーキランチ
「 おいおい、契約取れなかったって?」
なぜか最後のあと一息でライバル会社の 鳶 に揚げをさらわれた俺に電話の向こうの同僚が情けない声をかける。
「 今期売り上げ達成不可能ってか?
課長機嫌が悪いぞ、
ステーキでも食って気合つけて帰ってこいよ、神戸なんだし 」
有り難い同僚の言葉に、
今日中に帰んなきゃならないのにステーキったって、ランチギリギリですよ、とむくれる俺。
俺は煙草も吸えない昨今の駅でポケットの煙草の箱を触って溜息をつく。
それでも神戸牛には抗い難く、2つ先の三ノ宮の駅前の適当な神戸牛ステーキランチという店を見つけて、小さなエレベーターで4階に着くと。
こんなにどうやって人が上がってきたのか?というほど溢れかえった肉を食う人の群れ。
多少怖気付いた俺に、お一人様ですか?こちらへと手慣れた案内で鉄板の焼き場ごとに高いコック帽を被ったシェフの前に座らされる。
機械的にメニューを渡され、捨て鉢にランチで一番高いやつを指差すと、あっという間に下の冷蔵庫から肉を出して焼き加減を聞いてくる流れはもう殆どベルトコンベアーだな。
きゅうきゅうに並んだ肩がぶつかりそうな席の並び。隣にピンストライプのワイシャツの男が座る。
なんだよ、男の隣は華奢な女にしてくれよ、とふっと横を盗み見ると。
隣も俺を見てお互いに、
あっ!と
ハモってしまった。
気まずい……取り損ねた契約の相手、おまけに担当者じゃん。
黙ったままお互いを見やってた俺たち。声をかけてきたのは彼の方だった。
「 お昼、ですよね 」
「 ええ、まぁ神戸ですから 」
「 そうですね 」
ふっとメニューに目を落とす仕草はやけにまつ毛が長くて、象牙色の頰に陰影がくっきりと映る。
いい顔してる……
俺と同じくらいの歳かな。
ぼんやりと考えてると、
「 この神戸牛ステーキで 」
と指差したのは俺と同じ注文。
その間にも、
俺の前には続々とサラダの小鉢や肉のタレ、ご飯におしんこが置かれていく。
目の前ではカリカリのニンニクの後に肉が焼かれてる。
あちこちでジュージュー言う音が聞こえてくる中、目の前の肉は匂いまでしてくるから、堪らずお腹が鳴ると、隣の吉永さんは片眉を上げて穏やかな笑いを口元に浮かべた。
「 すみません、聞こえたもので 」
赤くなった俺はわざわざ言わなくったっていいのにと少し睨むように横目を使うと。
「 素ではそんな顔するんだ 」
と謎のような言葉を吐いた。
は?と問い返す前に、
ミディアムに焼けた肉が西洋皿にしっかりと熱く盛られる。
シェフの
「 ニンニク全部いけます?」
と言う言葉に
「 お願いします!」
と返事をして、俺を急かす胃袋に素直に従う。
赤身の肉は、蕩けるように美味しくて、噛んだそばから肉汁が溢れてくる。その旨さを逃さないよう、ガツガツ一気にいかないよう、間にご飯や炒め野菜、味噌汁を挟みながらていねいに食べても、やがて終わりは来る。
最後の肉の一切れと、ご飯の一口をありがたく頂くと、空になった皿が寂しくて思わず隣の皿を見てしまった。
「 食べます?」
しまった、どんな顔して見ちまったんだろ……
いやいやと顔を横に振ると、
「 遠慮しなくていいですよ、今日は精をつけなきゃね 」
となんと俺の皿に肉の一切れを寄越した男、吉永さん。
呆然とした俺に、
「 その代わりに、ちょっとこの後付き合って欲しいなぁ 」
と頼むイケメンの誘いを、なぜか俺は断れなかった。
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