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水色の章

「ん……」  暖かい。なんだか、気持ちよく眠れたような気がする。  朝の日差しで目を覚ました織は、ゆっくりと覚醒していった。瞼を開けて、ぱちぱちとまばたき。誰か……一緒に寝ている。昨日、誰かと一緒に寝たりしたっけ、と織は自分と一緒に布団にはいっている人物を確かめた。 「ひゃ、っ……」  布団に入っていた、自分以外のもう一人の人物。それが、鈴懸だと気付いた織は、思わず飛び退いた。ベッドの端っこまで逃げて行って、信じられないといった目で彼を見つめる。彼は起きる様子は特になく。 「なっ、なんでっ……この人が、」  昨夜、鈴懸と一緒に寝た覚えなどない。身に覚えのないこの状況に、織はただただ驚くばかりであった。  そして同時に……かあっと顔を赤らめる。 「ちょっ、ちょっと……」  一度気付いてしまえば、再び同じ布団に寝ることに抵抗を覚える。織はなんとか鈴懸を起こそうとしたが……肩を揺すろうにも、触れることができない。  恥ずかしい。あのときのことを思い出すと、鈴懸に触れることができない。体が、燃え上がるように、熱い。  一緒に寝るのは、初めてではないというのに。初めて一緒に寝たときは、抵抗はあったがこんなにも恥ずかしいとは思わなかった。それなのに今、恥ずかしくてたまらない。  自分を、抱いた人。あんな形ではあったけれど、この人は自分を抱いたんだ、そう思うと織は正気ではいられない。低く熱っぽい声も、汗ばんだ肌も、自分を見下ろす瞳も、思い出せばどきどきと心臓が高鳴ってゆく。 「ほんと、頼むから起きろって、……」 「んー……」 「あっ、起き……うわっ、」  もう、ほんとうにどうしよう。織がおろおろとしていると、鈴懸が小さく唸る。そして……くい、と手を引っ張って、織のことを布団の中に引きずり込んだ。 「待っ……、あっ……あの、……」 ――もう、むり。  わっとあの記憶が蘇ってきて、織は顔を真っ赤にしてぎゅっと体を縮込める。かたかたと肩を震わせて、涙の潤む瞳をぎゅっと閉じて、鈴懸の胸元で丸くなった。  ああいう行為は、慣れないし、知らない。あんな体験を自分がするなんて、この人生を歩んできて一度も思わなかった。ああいうことには一生無縁だと思っていた。だから、どうしたらいいのかわからない。自分を抱いたこの男に対して、どう接すればいいのかわからない。  それに……あのときの鈴懸は、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけかっこよかった。戯にのっとられていた時は、どうでもいい。「織」と名前を呼んでくれた時。心配そうな顔をしているけれど、ちょっとだけ必死な顔をして、それでいて瞳に熱を溶けこませて。あのときの鈴懸を思い出すとなぜかどきどきとしてしまうから。織は、鈴懸の顔を見ることができない。 「う、……んん?」 「……あ、」 「んー……あ、……朝、」  どうしよう、どうしよう、この状況から逃げるか、でもこのままでいたいような。そんな想いをぐるぐると織が巡らせていると。今度こそ、鈴懸が目を覚ました。のっそりと瞼をあけて、織の存在を認める。 「……」 「……う、」  ばちり。目が合った。  息がかかるほどの、至近距離。鈴懸の赤い瞳は、この距離でみるとまるで宝石のように綺麗。あんまりにも綺麗で目が離せないけれど……この距離で見つめられると、胸が苦しくて、おかしくなってしまいそう。 「……織」 「う、ぇっ!?」 「よく、眠れたか?」 「……え、……た、たぶん、……」  こつん。鈴懸が額を合わせてくる。そして、手のひらで頬を軽く撫でてきた。  なに。この人、なんだかわからないけど心配してくれてるの? だから一緒に寝てたわけ? なにがしたいの?  鈴懸の言葉に、織は戸惑った。彼が自分を想って何かをしてくれるような人だとは、思っていなかったから。余計なお世話だ、と思いながらも……じん、と胸の中が暖かくなるような心地がしたのは、なぜだろう。  優しい彼の瞳と、手つき。とくんとくんと心臓が心地よく動いて、このままでいたくなる。しばらくそうして鈴懸に見つめられて、織の表情は徐々にとろんと熱を帯びてきた。それはまるで、恋人に見つめられた乙女のように。 「あっ、……あの、……」  頭の中が混乱して、織が目を回していると。鈴懸はふうとため息をついて体を起こし、頬杖をつく。織がぼんやりとその姿を見上げていると…… 「寝起きに俺様の顔を見れるなんて幸せな奴だな、おまえ!」 「……」 (こ、こいつ……)  いつもの、俺様発言。アレから鈴懸も少し変わったのだろうかという織の期待は破られた。一気に興が醒めて、織はむすっと鈴懸を睨みつける。 「か……勝手に人の寝床にはいってくるな!」 「うわっ!」  どん、と鈴懸を強く押せば、鈴懸はベッドの上から転がり落ちた。突然布団を追い出された鈴懸は当然のように怒りの声をあげたが、織は頭から布団をかぶってそれを無視してしまう。そして、いじけたように黙り込んで、しばらく布団から出てくることはなかった。

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