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第193話

ある日の夜、東城は、宮田から電話があり、誘われ、遅い時間にバーで待ち合わせをした。 「広瀬は、国内にはいないかもしれないそうです」と宮田は言った。 「偽造パスポート使って国外に出たらしいってことです。確実ではないんですけど、菊池と言う研究所の男も行方不明らしいです。例広瀬のタブレットの実験の担当者です。そいつが、広瀬を連れて行ったんじゃないかっていう説もあります」 彼も個人的に広瀬を探しているのだ。 「そうか」 東城は、じっとグラスをみた。 あたりまえのようにバーボンの水割りをのんでいたのに気づく。広瀬が飲んでいたのでいつのまにか自分も同じものを飲むようになっていたのだ。 「東城さん、広瀬のこと探してないんですか」宮田が聞いてくる。 「探してる」と東城は答えた。「だが、もし、会ったとして、どうしたらいいのかわからなくなる」と言った。 正直な気持ちだ。広瀬のいない家で、彼の残したものから手がかりを探すため、一つ一つ整理していると、いろいろなことが思い出される。 ときどき、ポツンと断片的に話していた。両親との楽しかった旅行。普通の日常の中で、突然失った家族。優しかった母親や学校に送ってくれていた父親、もうすぐ生まれてくるのをみんなが待ちわびていたおなかの中の赤ん坊のこと。 そのときは、広瀬が昔話をしているだけだと思っていた。 だが、今から思うと、あれは、そうではなかったのだ。彼は何度も何度もそれを思い出して、復讐を誓っていたのだ。誰が忘れても自分だけは忘れず、犯人を殺そうと。 「あいつは、ずっと両親を殺した相手を自分の手で殺そうと思っていたんだ。ずっとだ。それを目標にして生きてきたんだ。他のことはあいつの人生にとってはささいなおまけみたいなものだ。犯人を探し出して、殺すためになら、なんだってしようと思っていたはずだ。復讐を果たそうとしていたんだ。なのに、あんな形で俺に邪魔されたんだ。最後の最後で、俺が、あいつの人生の全部を奪ったようなものだ」 あと少しで、広瀬は堀口を撃たつことができた。 あの時の彼のガラス玉のような目は、撃つこと以外何も考えていなかった。 東城など、彼の世界にはいなかったのだ。 もし、今度会うことがあったとして、彼は、自分を許さないだろう。 堀口は逮捕されたが、司法の手にうつる。裁判は長引くだろう。どこまで犯罪が立証できるかもわからない。長く留置されるはずだ。 再度、広瀬が復讐できるチャンスは限りなく少なくなった。 「東城さん、それは違いますよ」と宮田は言った。「そんなことはない。あなたがとめてよかったんですよ。じゃないと殺人犯になってた。東城さんしか、あいつを止められなかったと思いますよ、俺は。とめたのが他の誰かだったら、広瀬は確実に止めた人間を殺して、堀口も殺してた。あいつは、東城さんを殺すことがどうしてもできなかったんですよ。あいつにとって、確かに両親を殺した犯人探しは重要だったんでしょうけど、それ以外は全部おまけなんてことはない」そんなことはありえない、と宮田は言った。 東城にはそれほどの確信はなかった。 宮田は広瀬のことは探し続けるといった。もしわかったことがあれば東城にも知らせると。 「東城さん、現場に行った奴に聞いてんですけど、広瀬は、かなり混乱してたらしいんですが、あなたが無事かどうかだけは、知りたがってたらしいです。あいつにとってはあなたもかけがえのないものだったんですよ、両親と同じくらいに。だから、あいつは混乱したんです」 生きる支えにしていた過去と、今現在の自分の生きるよりどころの間に落ち込んで、抜け出せなくなっているのだ。 「俺はね、東城さん、あいつを見つけることはできると思ってます。あいつは今現在を生きているんだから、必ず、こっちにもどしますよ」 宮田はやけに自信があるようだった。 東城は返事ができなかった。 広瀬のことをこれからも考える続けることができるのか、苦しすぎて想像できなくなっていた。

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