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なんだか気になる
それは最後の授業の日で、四時間目が体育のあとの昼休みやったりして。
オレらは女子の胸の大きさについて喋ったりしとって。
ちゅうと吸い取ったオレンジジュースはもうすっかり空っぽで、ズズズと安っぽい音をだす。
「あーっ、ムラムラするわーっ」
伸びかけた坊主頭を掻きながらユウジが、
「サトルも見たやろ? 森ちゃんのユッサユッサ」
なんて、てめえのカノジョでもないのに好き勝手いう。
「見た見た。あれでバスケはアカンわー。反則やで、ハンソク」
「卒業前に告ろうかな~。いっぺんヤらせてくれへんかな」
「アホか。おまえ、ゲス過ぎるわ」
カンジローが呆れたようにユウジの頭を叩いた。
そしてそんな話には興味がないのか、ヘッドフォンをつけたままハードカバーを読んでるヤツがひとり。
なんだか気になる。
別にオレたちのくだらない話に付き合わないわけじゃない。女のあそこってスモークチーズみたいな匂いすんねんで、なんてイキって話すカンジローに、この前の女はゴルゴンゾーラに似てたけどな、なんて呟いてオレらを驚かせたり。
眼鏡の奥の表情を読み取るほどには親しくはないけど、そのハードカバーの中身が原書の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』だってことくらいは知ってる。
それにアルバナのヘッドフォンから小さく漏れ出すのは心地よい重低音。
オレはユウジとカンジローがトイレに立った隙にユイトに話しかけた。
「ユイト、なに聴いてんの?」
「ボン・ジョヴィ」
「ボン…? なにそれ、ちょっと聴かせてえな」
「サトルにはわかんないと思うよ」
うん、そんなんどうでもええねん。おまえのヘッドフォン、着けてみたかっただけやから。
「ふんふんふーん、て。ナニこれ? ナニ語?全っ然わからん!」
でっかい手の平で捕まれて、脳髄に直接ぶち込まれてるみたいな重たいフレーズ。
「なんかぜんぜんユイトのイメージに合わへんわ」
「だからわかんないて言ったでしょ」
なんて大人みたいにフフって笑うから、憎たらしくてその頬をいーって引っ張った。
「犬みたいだな」
「なんやそれ、失礼ちゃう」
すると急に真顔になって、
「そんなに構って欲しい?」
それからオレの手首を掴んで耳元で囁いた。
「おまえが俺に興味持つなんて、すげえ意外なんだけど?」
悪かったな、ずっと前から気になって気になってしゃあないってコト、ほんまはとっくに気づいてるんやろ、ユイト。
でもオレはなんも言えなくて、オレンジジュースのパックをくしゃって潰してからごみ箱に放りなげた。
「…変なやつ」
眼鏡の奥の黒い目玉の先が本に戻っていく。オレは入れ損ねた紙パックを拾いに席を立った。
明日から卒業式まで学校は休みになる。今日からの2か月、オレはこのもやもやした、解せない気持ちを抱えて過ごすんだろう。
そしてやっぱり、めちゃくちゃ気になる。
困ったな、オレ、これからいったいどうしたらええんやろ。
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