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「……ッ!?」
俺とクロしかいないはずのその場所に突然現れ、その上抱き付いてきたその人物に俺は息を呑んだ。
最初は、山賊か何か危険な奴で俺を殺すかさらうかするつもりなのかと恐怖を覚えたが、その腕の力は強いものの、乱暴な気配は一切なかった。
おかしな話だが、見知らぬ他人だというのにそれはまるで恋人の甘い抱擁のようでもあった。そのことがまた違った意味の、薄気味の悪い恐怖を誘った。
「やっと、抱き締められた……」
男が溜め息交じりにぽつりと呟いた。深い感慨と淡い恍惚が滲んだその声に、背中がぞわぞわと粟立った。
な、なんなんだ、こいつは!? というか、クロはどこに行ったんだ!?
まさかあのクロが俺を置いて逃げるとは考えにくい。しかしクロがいるなら、この状況に黙っているはずがない。
すぐに男に襲いかかるはずだ。いや、クロなら男が俺に抱き付く前にどうにかしてくれているはずだ。
それなのにクロの気配が少しもしない。嫌な予感に胸がざわついた。
「ク、クロ!」
緊張で強ばった喉を何とか動かしてクロを呼ぶ。しかしいつもの可愛らしく心強い「わふっ」という返事はなかった。
最悪な事態にサァと全身から血の気が引いた。
「クロ! 嘘だろ! そこにいるんだろ! クロ! クロ!」
「落ち着け、クロはここにいる」
腕の中でもがきながら半狂乱になって叫ぶ俺に、男は落ち着いた声で囁いた。
誰のせいで落ち着けないと思ってんだよ! と怒りを覚えつつもクロはここにいるという言葉に、俺は叫ぶのを止めた。
男が体を離したので急いで振り返る。しかしクロの姿はない。
代わりにいるのは、褐色肌のえらく顔の整った男だった。しかしその頭上には獣の耳がついていて、後ろにはゆらりと揺れる長い尻尾が見える。どうやら普通の人間ではないようだ。
下半身は布を巻いているが、上半身は裸でしっかりとした筋肉が褐色の肌に影を作っていた。
アフリカなどにいそうな民族のような出で立ちの屈強な男に少し怯みながらも、俺は虚勢を張ってキッと睨み付けた。
「ここにいるって、いないじゃねぇか! どこにいるんだよ! クロに何かあったら承知しないからなっ」
怖がっていると悟られたら負けだ。俺は精一杯強がって大声で怒鳴った。
しかし男は嬉しそうに目元を細めて、少しも怯んだ様子を見せない。その余裕が腹立たしかった。
「なんだよ! 人が真剣に話してるのに笑うな!」
「ああ、すまない。つい嬉しくてな。こんなにも私のことを案じてくれるとは」
「はぁ?」
男の勘違い発言に俺は顔を思いっきり顰めた。
誰がいつお前を案じた? これはあれだろうか、ドゥーガルドと同じく人の話を自分の都合がいいように解釈するパターンか?
正直、面倒な奴と絡んでしまったという気持ちが重い溜め息のように胸の底に淀んだ。
胡乱な目で見る俺に気付いたのか、男がにっこりと笑って口を開いた。
「安心しろ、クロはここにいる。――私がクロだ」
「……は?」
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