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序章=こんなはずじゃなかった 1-ひぎゃ!?[聴いてんじゃねぇ]

たまに目が合う。 同じクラスなら、当然そんな事もあるだろう。 けど、なぜだかアイツの視線は気になっていた。 けど、気にするんじゃなかった。 『んんっ…はぁっ!いいっ…ぁっスキっっ!』 うっかり再生してしまったスマホのボイスメモに休み時間の教室が静まり返る。 一転してドッとざわついた。 「おい!スゲェな!オマエのオンナ超ーエロい!」 「つか、なに?そんなん()ってんの!? まあ、あんだけエロい声出されたら録りたくなる気持ちもわかるけど!」 「もっと聴かせろよ!」 伸ばされる手を振り払って、データを消去する。 「あっ!勿体無い!なんで消すんだよー」 「オマエらに聴かせるために録ってんじゃねぇ」 「聖夜(まさや)のケチ!ちょっとくらい聴かせろよー」 「うるせぇ」 喧騒を振り切るように立ち上がって、そのまま廊下に出た。 目的地なんかなかったけど、とりあえず動揺をおさめたい。 ひと()の無い場所を探して歩いた。 リノリウムの床がこすれるキュッという音すら妙に耳につく。 過敏になりすぎだ。 校舎の屋上へ続く階段は薄暗い。 外に出られないように扉は施錠され、その手前の踊り場に居着くような奴らは往々にしてガラが悪く、一般の生徒はあまり近づかない。 そして品行方正とは言いがたいオレは、抵抗なくその暗い階段を登った。 よかった……。 誰もいねぇ。 壁にもたれ、角に顔を突っ込んで頭を掻きむしる。 はぁ……やっちまった。 不要なデータを消そうと思っただけだったのに。 教室でやるんじゃなかった。 しかも、慌てたせいでうっかりお気に入りのデータまで一緒に消去しちまった。 いつでも録れるけど、いい感じの仕上がりになるとはかぎんねぇんだよ。 はぁ。 以前授業で教科書の読み上げをさせられた時、 『(あお)いで天に()じず』を、 『あえいで てんに はじず』 って読み間違えた事があったっけ。 愧じずにしかルビ振ってなかったからな。 あの時、誤読をアホな友達に散々いじられた。 黒歴史として封印し、いつか青姦した時に晴天の下アンアン喘ぐ恥ずかしそうな姿を見ながら『あえいで てんに はじず』って誤読を思い出し高笑いしてやるんだなんて思ってたのに、教室でうっかりあえぎ声を再生して思い出すなんて。 あの瞬間は恥ずかしいを通り越して真っ白、無だった。 アレが『()じず』状態なのか? そのあと恥ずかしさが襲ってきてマジで天を仰いだし。 けど今は、恥じるのを通り越してちょっと開き直ってきてしまってる。 この場合は、恥じてんのか、恥じてねぇのか、どっちだ。 ていうか、青姦とかもうどうでも…… 「さっきのサヤちゃんだよな?」 いきなりの声に固まった。 「なぁ、サヤちゃんに会わせてくれないか?」 頭をかきむしったポーズのまま、目だけでそーっと振り返る。 そこには、一度も話した事のない、同じクラスの秀才野郎、桐田(きりた)真矢(まや)がいた。 カラーなんて入れた事のなさそうな艶やかなストレートの髪をナチュラルに流している。 秀才メガネだが、ダサくも無けりゃガリ勉ポイ印象もない。 中肉中背。でもオレよりは10cmは低いか。 そして、無口だ。 オレ以外とも……というか親しい友だち相手でも自分から話してるような印象はない。 さっきあんな失敗をしたのも、コイツと目が合い気を取られてしまったせいだった。 諸悪の根源め。 けど、こいつ……今なんて言った? 「ちょっとでいい。俺、サヤちゃんと話をしてみたいんだ」 「……しらね」 「さっきの声、サヤちゃんだろ?間違いない」 「……さっきのは……オレの…オンナの声だ。ちょっと聴いただけで何がわかる」 ドスを利かせた声で答えるが、身体は固まって壁から離れられない。 動揺を抑えるつもりでここに来たのに、なんでより追い詰められてんだ。 「サヤちゃん、有家川(うけがわ)の『オンナ』なのか?」 妙に含みを持たせたような言い方に、口の端がヒクヒクと引きつる。 「なあ、さっきみたいな録音がもっとあったら聴かせてくれないか?」 「うるせぇ」 低く唸って、オレはその場を逃げ出した。 教室に戻るとすぐに授業が始まり、『アノ声』についてからまれる事はなかった。 けど、いつも大して聞いていない授業が、もう全く耳に入らない。 あの秀才野郎。 サヤちゃんって……。 なんでだ? ちょっと聴いただけでなんで分かった? つぅか、なんで『SAYA』を知ってんだ? ネットでほんのちょっと……。 いや、そもそも普通の男子高校生が興味を持つようなもんじゃない。 まぁ、それを言ったらオレだって……。 いや、いや、もしかしたら普通の朗読で……。 そんなわけない……か。 普通の朗読を聴いただけで喘ぎ声までわかるわけがない。 見かけによらず、かなりディープなオタなのか? けど、クラスにいるそういった奴らと一緒のとこは見たことない。 また同じように言われたら、どうすればいい。 SAYAに会わせることなんかできねぇ。 ……しらを切りとおすしかない。 しかもあんな録音があったらもっと聴かせろって。 ……むっつりスケベめ。 あんなひょろひょろした秀才野郎は、ちょっと怒鳴りつければすぐに諦めるだろ。 この時オレは、こんな風に自分を納得させるだけで精一杯だった。

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