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夕方のデュエット2
嵐のような時間が終わり、汗だくの個体が二つ、折り重なり合いながらベッドに沈んでいく。
酸欠に喘ぐ摂の、べっとりと濡れた額を優しく撫でて、ノアが笑った。
「平気?」
すぐには、ya、と短く応えるのがやっとだ。
昂ぶりこそ収束の方向へ軟化しているものの、身体はいまだ燃えるように熱く、これ以上何か喋ったら口から火が出るかもしれない。熱源となった身体が灼熱を放っていると、合わさった肌から感じる。
「あっつい………」
思わず呟かずにいられなかったが、幸い、口から火は出なかった。
ゆっくりと背中をまるめ、身体を起こしたノアの、その緩慢な動きが生んだわずかな空気の流れが、摂の身体を爽やかに癒す。やや広がった空間で寝返りを打って、摂は離れていこうとするノアを引き止めた。
「どこ行くの?」
繋いだ手も熱い。
「いえ、どこにも」
暑苦しいベッドからの脱出を即座に諦めたのだろう彼は、再び肘をベッドに沈め、腕枕を差し出してくれた。愛情と使い心地はまったく比例しない、硬く逞しい枕である。広がった髪の先に、口付けられたのがわかる。
「あ。そういえば………眼鏡の話だ」
「はは、よくおぼえてたね」
「それくらい関心があるってこと。どうしたんだって?」
「この間………先週かな」
「うん」
手慰みに片方の胸を弄ったら、とんでもない場所へ反撃された。感じた顔をばっちり見られて、にやりと笑われる。
「泊りがけの研修があったんだけど」
「………へえ」
顎を押し返しても、喉の奥で笑うのをやめないのだから。
「うっかり車の中に、フロントのところにね、むき出しのまま放置してたら。フレームが、曲がったというか溶けたというか壊れたというか、使い物にならなくなりました」
「ふうん」
「作りに行く時間がなくて、とりあえず古いやつを」
「あれも似合ってたよ」
「それはどうも。ただ、たぶん度数が変わってるから、どのみち作り直さないと」
「どんなのにするの?またセルフレーム?」
「の、つもりだけどね。摂の意見も聞きたいな」
「うん。俺の休暇中に作りに行こう―――ノーア」
スキンシップというにはセクシャルすぎる挙動を叱るつもりが、我慢できずに笑ってしまったので、結局は一緒になってシーツの上を転がることになった。
「摂?」
「だめだって、休憩。いいね?」
「はい」
「とりあえず、喉渇いた」
「何にする?」
「冷蔵庫にはー………水しかない。あー、ワイン冷やしとけばよかった。実家から持って帰ってきたのがあるんだよね。昨日、父親と義兄で飲んだんだけど、すっごいおいしいんだ」
「水を汲むついでに、ワインを冷やしておけばいいわけですね」
「お願いね。あと、ちょっとだけ小腹がすいたのを解決してくれると、なお嬉しい」
「最適なのがあるよ。俺が家からくすねてきたのが」
「なに?」
「ハーブとチーズの入った、塩味のクッキー」
「おいしそう。もしかしなくても、手作り?」
「ええ。客用にたくさん作ってあったので」
想像だけで唾を誘うと告げると、ノアは穏やかに頷き、あやすように摂の髪を撫でた。
律儀に下着を履き寝室から出て行く、背筋の伸びた後姿を眺める。体力の違いが、たった一歳の年齢差に起因するわけでないことは、じゅうぶんにわかっているが。こういう、タフなところも好もしいというものだ。
ごろりと仰向けになり、天井に向かって伸びをする。キッチンのほうから、はりのあるテノールが飛んできた。
「―――摂、ワインは?どこ?」
「かばんのなかー、ソファーの近くにあるやつー!」
終わり
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投稿の順序が前後してしまいましたが、時系列的には「拝啓、春陽の候」より前になります。
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