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第2話

(俺もその手玉に取られたうちの一人なんだろうな)  そんなことを思いながら、女王様のご機嫌取りのために買ったホットのミルクティーを持って、千歳は生徒会室のドアを開けた。 「遅れてごめんな、深海。クラスで厄介なのに捉まって……」  謝りながら中へと入った千歳だったが、予想していた女王様の怒りの言葉は返ってこなかった。 「深海……?」  不思議に思いつつ足を進めると、机の上に何かのプリントを広げたまま眠っている優弥の姿があった。  課題でもやっていたのだろうか。  いつも授業中だけ使用する優弥の眼鏡がその顔に残っている。 「深海……? そのまま寝たら危ないぞ、優ちゃ~ん」  そう冗談で千歳が声をかけるが、優弥は起きる気配がない。 「仕方ないな」  とりあえず眼鏡を外してやろうと、千歳は優弥の顔を覗き込んだ。 「……えらく格好よくなったな、優弥」  外した眼鏡を邪魔にならないところに置き、千歳は懐かしさを感じながら優弥の寝顔を見る。  千歳が初めて優弥を見たのは中等部一年の春だった。  そのころの優弥は、まだ女王様とは呼ばれていなくて、むしろ背も低く女の子のような可愛らしい顔のどこか守ってあげたくなるようなタイプだった。  薄桃色の桜の中に立っていた優弥に目を奪われた千歳は、自販機のボタンを押し間違えるほどの衝撃を受けた。 『花の精が舞い降りてきたかと思った……』  素直な感想が千歳の口をついて出た。  小学生時代から、年上のお姉さんや学校一の美少女にモテていた千歳だったが、こんなに綺麗で可愛い子を見たのは優弥が初めてだった。  優弥の警戒した様子を解こうとして、間違えて買ってしまった缶ジュースをあげた時に、うっすら桜色に頬を染めた優弥の可愛さを千歳は今でも覚えている。  当時「来る者拒まず」な付き合い方をしていた千歳にとって、優弥は初めて自分から目を引かれて興味を持った存在だった。  今にして思えば、あれが千歳の本当の意味での初恋だったのかもしれない。  そんな初恋相手と、数年後にこんな関係になっているなんて誰が想像出来ただろう。  閉じられている瞳のせいで、今の優弥はとても幼く見える。  まるで中等部のころのようだ。 「ん……」  無意識に頬を撫でていた千歳の指がくすぐったかったのか優弥が身じろいだ。 「ほら、深海、起きな。風邪引くぞ」  千歳の言葉にゆっくりと優弥の瞼が開いていく。  そして、その瞳に千歳の姿を捉えて一言。 「お前、遅いんだよ」  やっぱり優弥は女王様だった。 「すみませんね、クラスの奴に捉まったもんで……ところで深海、次の授業は?」  四限目が始まっているこの時間に優弥がここにいるということは、だいたいの予想はつくけれども、千歳は一応聞いてみた。 「俺のクラスは自習になった」  返ってきたのは予想通りの答え。 「あのな深海……お前のクラスは自習かもしれないけど、俺のクラスは通常授業なんだぞ」 「お前の都合なんて知ったことか」  呆れたため息を吐きながら漏らした千歳の言葉には、さらに優弥らしい答えが返ってきた。  素直に優弥に従うのも悔しいので、珍しく千歳は反論してみる。 「これで俺が単位落として進級出来なかったら、お前が責任取ってくれるんだろうな?」 「そういうことはしっかり数えてあるんだろ。この知能犯」  そう言って、優弥はフッと笑った。  確かに女王様に奉仕して単位を落とすなんて間抜けなことは出来ないから、千歳はしっかり単位を計算してある。 「……お見通しってわけか」 「お前の考えそうなことだろ……そんなことより、早くこいよ。時間がなくなる」  そう言って優弥は自分で首のネクタイを抜き取った。  こんな挑発的な姿に逆らえる奴なんてきっといない。  たとえ遊ばれているだけだってわかっていても、この魅力には抗えない。  千歳は、これ以上優弥に何かを言うのをやめた。 (下僕は下僕らしく、女王様が満足いくようにご奉仕させていただきますか) 「では、お望み通りに」  そう言うと、千歳も自分の制服のネクタイを抜き取り、邪魔になる眼鏡を外した。      ◆     ◆     ◆

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