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第17話

「千歳! ヤバいぞ」  帰り支度を終えたばかりの千歳に、和彦は教室に戻ってくるなりそう叫んだ。  和彦がここまで慌てるなんて珍しいと、千歳は僅かながらに驚く。 「何がヤバいんだよ。亮太は? 一緒じゃなかった……」  千歳の言葉を遮って、和彦が怒鳴った。 「亮太のことなんか今はどうでもいい! それより、会長がヤバいんだって!」  和彦の言葉に、千歳の思考が一瞬止まる。 (……会長? 深海のことか)  千歳の脳裏に数日前の優弥の泣き顔が思い出された。  あれ以来、あんなに頻繁にあった優弥からの呼び出しはまったくない。  それどころか、ほとんど顔だって合わせていないくらいだ。  それでも、自然と優弥の情報は千歳の耳に入ってくるから学校へは来ているのだろう。 (もう……何日、あの声を聞いていないかな)  本当は何度か優弥に連絡しようとしたが……スマートフォンの履歴を見て千歳は気づかされた。  千歳は、一度も自分から優弥に連絡をしたことがないことに。  優弥からのメールは受信ボックスにあるだけで、送信ボックスには一つもない。  着信にいたっては、リダイヤルにも着信履歴にも優弥の名前はなかった。  なんだか、優弥との今までの繋がりが薄いものだった気がして淋しくなる。  自分達が初めて会ってから、三年以上経つ。  まさか、優弥を失うことがあるなんて千歳は考えてもいなかった。  自分がもっと、本気で優弥に想いを告げていたら……。  優弥を自分だけのものにしたいと伝えていれば、何かが変わっていたのだろうか?  そんな後悔が、自分から優弥に連絡を取ることを千歳に躊躇わせていた。 「……深海がどうしたって言うんだよ」  千歳は努めて冷静な振りをして聞いた。 「三年の相馬に肩を抱かれて、二人でどっかに行った」  その聞き覚えのある名前に千歳は顔を歪めた。 (相馬? 確か運動部部長のやつか) 「自分の狙ってた本命がお前に惚れて、逆恨みしてるあの相馬だよ!」  確かに、入学当初から何かと千歳に絡んでくる嫌な先輩だ。  もっとも、いくら来る者拒まずな時の千歳でも、相馬の本命とやらの女とは関係なんて持った覚えは千歳には一切ない。  つまり、和彦の言う通り、完全な逆恨みというやつだろう。 (それにしても……よりによって、深海の次の新しい相手があいつだとはね) 「だから?」  優弥が相馬を選んだことにショックを受けた千歳は、自分でも驚くほど冷たくそう聞き返した。 「だから、って……お前、知らないのか? 相馬は優しい振りして近づいて、相手が気を許したらすぐにモノにするんだ。そして飽きたら、さっさと次のやつを見つけるようなひどい男なんだよ!」  確かに相馬がよくモテていることは知っていたが、そんな話は初めて聞いた。  和彦がなぜ、そんな情報に詳しいかはわからなかったが、あまりにも必死な和彦の様子に、千歳は今は敢えてそれは聞かないでおくことにする。 「お前、会長がそんな男に遊ばれてもいいのか?」 「何言ってんだよ、深海が誰と付き合おうが、俺には関係ないだろ。だいたい深海自身、結構遊んでるみたいだし……」  千歳の言葉は、和彦の呆れたような怒ったような声に遮られた。 「千歳、お前それ本気で言ってんのか? 会長を抱いてたお前自身が、会長のことわかってやらなくてどうすんだよ」 「和彦、お前……」 (こいつ、俺が深海と寝てたことに気づいてたのか)  驚いている千歳を無視して和彦は言葉を続ける。 「お前まで……会長の噂を信じてるなんて。会長がもし、そのこと知ったら相当なショックだぞ」 (え……?)  和彦の言葉に、千歳の思考が一瞬、止まる。 「おい、和彦! それって、どういう……」 「ちょっと待て、電話!」  千歳の問いは、和彦のスマートフォンへの着信音によって遮られた。 「もしもし、亮太か?」  和彦は急いで電話に出る。  千歳には話の内容までは聞こえないが、どうやら相手は亮太のようだ。 「うん……お前にしてはよくやった……うん、わかった。すぐに向かうから、お前はもう少し、そこで待機してろ」  そう言うと、和彦はすぐに通話を切ってスマートフォンをしまう。 「会長達の居場所がわかった。今、亮太がそこにいる」  そして、和彦は真剣な表情で千歳を睨むと言った。 「お前はどうする?」 「え……」 「たとえお前が行かなくても、俺は行く。亮太に騒ぎにしないように会長を助けろなんて無理だから、俺が行くまでは待機させてる」  そこまで言うと、和彦の表情が微かに歪む。  よくないことを言われるような緊張感が千歳に走る。 「……でも、もし手遅れになった場合……いくら俺でも、会長の精神面はフォローしきれない」 『手遅れ』  その和彦の言葉を聞いた瞬間、千歳には優弥の顔が思い出された。 (あんな悲しそうな顔、もう絶対にさせたくない!) 「俺も行く」  そう言って立ち上がった千歳に、和彦は大きく頷いた。

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