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「おうおう、柴~。今日も相変わらずしけたツラしてんなあ~」
外回りの営業から戻り、社内にある唯一の喫煙所で窓辺に浅く腰掛け、ボーと空を眺めていたら入り口から間延びした声が聞こえた。
顔を動かすことなくチラリと視線だけ向けると、想像した通り同期の丘川 が立っていた。首からぶら下げている社員証には入社したてに撮った今よりだいぶフレッシュさの残る顔写真が笑っている。
あの頃は今より爽やかで俺にも気を遣ってた筈だけど、今やぞんざいな態度もいいところ。
そんな俺の社員証にも、柴 京太 というフルネームと、新入社員らしい若々しくエネルギーに満ちた顔が写っている。あの頃は夢と希望に満ち溢れてたな。営業成績トップになって、インセンティブとボーナスで憧れの高級SUVをキャッシュで買う!誠に若い男らしい夢だった。
「…おつかれさまデース」
「どうした柴くんよ~。珍しく彼女とでも喧嘩したんすか?」
「そんなんじゃねえよ。そういう丘川こそ最近出来た彼女とはどうなんだ」
「あっ!?お前、聞いてくれよ~!」
火のついた煙草を持っているというのに、丘川は危なっかしく俺に抱きついて来た。
「ちょっと、煙草。危ないんですけど、焼かれたいんですかネ。丘川くんは」
「うお!ほんとだ、あっぶね!…てか、あれ?柴、禁煙して無かったっけ?また始めたの?」
煙草の存在に気付いた丘川は慌てて跳びのき距離を取ると、物珍しそうに煙草と俺を交互に見比べた。その阿保面にフーと白い煙を浴びせると、丘川は眉を潜めて両手で煙を分散させる。
「ゲホッ、やめんかい!俺の澄み切った肺がっ、真っ黒になったらどうしてくれるんじゃ!」
「もうだいぶ前から真っ黒でしょうよ、お前さんの肺は。このヘビースモーカーめ」
「そんな誉めんなって。まあ、いいや。ついでに火ぃちょうだい」
喫煙所に来といてなんで持ってないんだ、と心の中で思いながらも、俺はポケットからコンビニで貰った使い捨てのライターを着火させる。それに丘川が自分の煙草を口に咥えながら馴れた手つきで火に添えた。
「アザース。……ぷあー、生き返るわー」
肺にたらふく煙を吸いこんで、丘川はそれはもう美味そうに吐き出した。吸って吐くだけの行為にここまで幸せを感じられるやつなんて俺の周りで探す限りこいつだけだろうな。いつか肺がやられるのではないかとただの同期の俺が密かに心配をしてやってるくらいだ。
「んで、彼女がどーしたよ」
俺の正面にある簡易の椅子に腰掛けた丘川は、煙草の灰を灰皿に落として深く溜息をついた。
「あいつ浮気してたんだよ…つか、俺が浮気相手だった。本命とはもう3年の付き合いらしくてな…柴よ…丘川ちゃんはもう泣きそうだ」
「ほう。それはまたお約束のパターンで…」
浮気だなんて、なんてタイムリーなワードだよ。引きつりそうになる頬を何とか堪え、煙草を灰皿に押し付けた。
せっかく辞めてたのに、あいつのせいでまた手を出してしまった。これでまた健康寿命が数年は減ったな、きっと。
「そんなケツの軽い女、別れて正解だろ。なにも泣くことなんか無いって。今日は飲みに行こうぜ、奢ってやるよ」
煙草を持ったまま項垂れる丘川の肩を叩くと、パッと目を輝かせて勢い良く顔を上げた。
あー…面倒くさいこと言ったかな。
「柴の奢り!?そういやこの前も新規取ったっつってインセンティブ貰ってたもんな!仕事のできる男は違うね~!俺、最近出来たバーに行きたいッス」
「バーとかふざけんな。女口説くわけでもねえのに、何でお前を連れてかなきゃなんねえんだ。居酒屋で十分だろ」
調子のいいことばかり言う丘川の頭をはたくと、大袈裟な程痛がる素振りをして、たいして可愛くも無い上目遣いで俺を見上げた。うるうる涙目のオプション付き。気持ち悪。
「やだやだバーがいいよおお、今度狙った子をそこに連れて行って俺馴れてますアピールしたいよおお、柴ああお願いいい俺の今後がかかってるんだ…!」
いい大人が何をやっているのか。
あまりにも必死な丘川に引きながらも提案をしたのは俺だしな、と仕方なく丘川の要求を飲んでやることにした。
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