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第1話
「はぁ…」
新宿の、とあるオフィスの休憩室で大崎愁は一人溜め息をついた。
何故か。それは、自分の恋人のことを想い続けているからだ。
会いたくても、すぐには会えない恋人__千里山北斗。
時折、仕事に嫌気が差したときに新大阪まで現実逃避することこそあれど、
そんなことは半年に一度程度の頻度である。
決して、回数が多いわけではない。
ましてや、恋人らしいこと…デートやその先の営みはもっと少ないだろう。
…駄目だ、北斗のことを考えるとなんだか切なくなる。
まとまらない思考を落ち着かせようと、愁は手に持っていた缶コーヒーを思いきり飲み干す。
いつもと同じ苦みが口の中に広がるのを認識しつつも、案の定まとまらない思考に
「はぁ…」
と、再び溜め息をついた。
「溜め息ですか、愁サン。何にお困りかは存じ上げませんが、溜め息は幸せが逃げるそうですよ。」
「うわっ!?」
いきなり背後から声を掛けられ、愁は驚き悲鳴を上げた。
声の主は、「やれやれ」と言ったような目で愁の方を見つめながら
「後輩相手にそんなに驚かなくても良いでしょう…。全く、愁サンったら酷いですね」
と、少し不満げに呟いた。愁に聞こえる程度の声の大きさで。
「あ、ごめん…。ちょっと考え事してたからさ…。で、新こそ何の用なの?」
愁は声の主__落合新の方に向き直り問いかける。
「用って程でもないんですけどね。
休憩室からずっと戻らないし、最近溜め息ばかりで仕事も上の空状態じゃないですか。
ですので、せめて話くらいは聞かせて頂いても良いんじゃないかと思いまして。
貴方の仕事が手につかないと困るのは、何も私だけではないので。麻希サンだって同じことです」
新は、休憩所に設置してある自販機でペットボトルに入った水を購入しつつそう言う。
…確かに、新に相談してみるのも良いかもしれない。
彼は垢抜けている様に見えるし、きっと恋愛経験も僕とは数段は違うだろう。
でも、僕のことと言うのは恥ずかしいし『僕の友達』ということにしておこう。
愁は何とかそこまで思考をまとめ上げ
「いや…僕の友達の話なんだけど。
会いたくても会えない恋人に今すぐ会いたい時ってどうしたら良いと思う?」
と、新に自分のこととは打ち明けずに相談した。
その言葉を受け新は、少しだけ笑みを浮かべながらもしばらく考え込む素振りを見せ
「全く、素直じゃありませんね貴方も…。…そうですねぇ。
溜め息つく程思い詰めて、上の空で仕事をするくらいならいっそ会いに行ったら良いのではないでしょうか」
と助言をした。
「…でも、仕事に穴あけても大丈夫かな。…というか、僕じゃない!僕の友達の話!」
「はいはい、わかってますよ。
先ほども言いましたけど、貴方の仕事が手につかないと困るのは何も僕だけじゃないんです。
麻希サンだってそれは同じです。代理さえ立てられれば、ほぼ問題なく休めるでしょう。
実際、問題なのは貴方にその人望があるかどうかですよ」
新は愁の疑問にそう答え、その後にこう続けた。
「…まぁ、貴方にその人望があればそもそもこんなことで悩まないでしょうけど。
では、私はこれで。早く戻らないと麻希サンに怒られるんで」
新は、ペットボトルの中の水を一気に飲み干しゴミ箱に捨て、休憩室を出て行った。
残された愁は一人
「だから、僕の話じゃないんだってば…」
と、呟いた。
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