1 / 1
第1話
「これじゃ、家に帰んの相当時間かかるな」と八王子に住む先輩が窓を横目に呟いた。
外は横なぐりに雪が降り、都心でも道路は真っ白だ。
彼は時計を見ている。「仕事終わんないけど、帰れなくなったらまずいな」
眉間にしわを寄せている。
「せ、先輩」と俺は声をかけた。「もし、よければ、俺んちで」
「あ?」先輩は突然俺に話しかけられて、怪訝そうにしている。
眉間の皺をのままに、斜め向かいの席から中腰で話しかけてくる俺を見る。
「俺んち、来ませんか?」
「お前んち?どこだった?」
「池袋です。駅からちょっと歩きますけど、山手線だから、多少雪降っても電車とまらないと思いますよ」
先輩は、整った顔に迷いを浮かべている。
やっぱ、だめなのかなあ。
一週間も前から、今日は雪だと天気予報が言ってた。だから俺は、このチャンスを待っていたんだ。
家を掃除し、酒をそろえ、先輩が好きそうな食べ物を買い。
準備は万端だった。家に誘う言葉も練習した。
家に帰るまでの道も、帰ってからの話も。すべての段取りを考えて、ずっとイメトレした。
だから、今日、この寒い中、一人で帰ったりしたら相当落ち込みそうだ。
「八王子だと、今から帰ったら、何時になるかわからないですよ。途中で電車とまるかもしれないし。去年、大変だったって言ってたじゃないですか」
俺は、たたみかけるように言った。
先輩の眉間の皺がすこし解ける。
「確かに、去年は最悪だった」
「ですよね。だから、俺んち、どうですか?」
俺はしつこく言った。
そして、今日、先輩が泊まりに来る。
家についたら、雪を払ってあげよう。風呂を沸かして身体を温めてくださいと言おう。
先輩は、俺の勧めるままに服を脱ぐだろう。
無警戒に。
なんの疑いもなく。
ともだちにシェアしよう!