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6 プレイ 3

……死ぬ……。 ……恥ずかしさで死ねる……。 俺、いったいなんであんなこと……。 プレイを終え、すばやく服を着た男に体を拭かれ、手枷足枷をはずされたあたりで、俺はようやく正気を取り戻してきた。 「もう少し休んでいた方がいいですよ」と言いながら男が手渡してきた薄掛け布団を頭からかぶった俺は、「うおー」と叫びながら転がりまわりたいような恥ずかしさに襲われていた。 自分を脅迫している男に命令されていたとはいえ、どうして自分がケツを掘られて喘ぎまくり、恥ずかしい言葉を口走りまくったのか、まったくわからない。 雰囲気に呑まれたというのはあるにしても、我ながらあれはひどすぎると思う。 「水、飲みますか?」 「……飲む」 男に声をかけられ、いつまでも恥ずかしさに身悶えしているわけにもいかないと、体を起こして男からペットボトルの水を受け取る。 男の視線が水を飲む俺の胸元に行っていることに気付いて、慌てて布団を胸元まで引き上げると、男はそれを面白がるように笑った。 ふてくされて男から視線をそらせると、壁にかかったたくさんの鞭が目に入る。 そう言えば、ああいうの、使われなかったな。 この部屋に入った時、部屋中に置かれた異様な道具の数々にびびってしまったけれども、その中で男が使ったのはベッドの手枷足枷だけだ。 そもそも、さっきのプレイが本当にSMだったのかと考えてみると、どうも首を傾げてしまう。 確かに拘束されたり、叱られたり命令されたりはしたけど、殴られたり蹴られたりというよつな痛いことは何一つされなかったからだ。 『飴と鞭』というには、飴ばかり多くて、鞭が少なすぎた気がする。 「なあ。ああいうの使わなくてもよかったのか?」 気になって男に問いかけてみると、男は俺の視線の先を追いかけて「ああ」と言った。 「ああいうのを使って欲しかったのですか?」 「違っ……!  そうじゃなくてさ、あんたがああいうの使いたかったんじゃないのか?  なんかさっきの、全然SMっぽくなかったし」 「おや、そうでしたか?  私としては、とても満足のいくプレイだったのですが。  まあ確かに、相手を痛めつけるのがSMだと誤解されがちではありますね。  実際はそれだけがSMというわけではなくて、今日のようなプレイも立派なSMなのですけれども」 「ふーん……。  まあ、あんたが満足したんだったらいいんだけどさ」 俺としては、男の機嫌を損ねていないのなら、別にそれで構わないので、気にしないことにする。 「ああ、そうでした。  忘れないうちにあれを渡しておかないと」 男はそう言って立ち上がると、ホテルの受付で受け取っていた封筒を持ってきた。 「このカードは、このホテルの会員のパートナー用カードです。  これで1階の入口のドアが開けられますし、フロントで出せば予約している部屋を教えてもらえますから、次からは直接ここの部屋で待ち合わせることにしましょう」 「ん、わかった」 「それと都合の悪い曜日や時間があったら教えてもらえますか?  今は夏休みでしょうけれど、部活や塾があるでしょう?」 「いや、部活も塾も行ってないから、別にいつでもいい。  親が放任だから、終電までに帰れるんだったら夜でもいいし」 俺が通っているのは小学校から大学までエスカレーター式で行ける私立校で、テストでそこそこの点が取れてさえいればいいので、塾には行っていない。 夏休み中は友達ともたまに当日に連絡しあって遊ぶ程度なので、毎日暇を持て余していて、すでに学校の宿題をほとんど終わらせてしまったくらいだ。 両親も放任というか、ほとんど放置されているような状態で、2人とも仕事が忙しいと言って——本当に仕事かどうかは怪しいと思っているが——ほとんど家に帰ってこないので、実際は終電どころか泊まりでも問題ないのだけれど、さすがにこいつの趣味に泊まりで付き合いたくはないので、そこは黙っておく。 「そうですか。  でももし指定した日が都合が悪ければ、遠慮なく言ってくださいね」 「わかった。  ……あ、そうだ。  そういや俺もあんたに返すもんがあったんだ。  ちょっとカバン取ってくれよ」 男が取ってきてくれたカバンにカードが入った封筒をしまい、代わりにコンビニのビニール袋に入ったものを取り出す。 「はい、返したからな」 「ああ、あの時のハンカチですか」 男に返したのは、この前トイレで犯された時に男に借りた、というか男が勝手に俺に使ったハンカチだった。 ハンカチは俺が出したものでベタベタに汚れてしまったので、本当なら新しいのを買って返すべきなんだろうけど、そこまではしたくないと思って、洗濯だけして返すことにしたのだ。 洗ったら汚れは完全に落ちたし、アイロンもかけておいたから、これで充分だろう。 「別に捨ててくれてもよかったのに、わざわざ洗ってくれたのですね。  以外と律儀なんですね」 「そういうのじゃねーよ。  ただ、俺は借りを作りたくないと思って」 「そうですか?  まあともかく、ありがとうございます」 そう言うと男は、どことなくうれしそうな顔でハンカチをポケットにしまった。

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