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10 中止

達したせいで少しぼんやりしているうちに、男は俺の出したものを洗い流してくれた。 「立てるようなら、先にベッドに行っていなさい」 「はい」 俺が脱衣所に出ると、浴室から男がシャワーを浴びる音が聞こえた。 俺はバスタオルで体を拭くと、裸のままベッドに行く。 本当はバスローブくらいは着たいが、まだプレイの途中だから、勝手に服を着たら男に叱られるだろう。 ベッドの上で落ち着かない気持ちで待っていると、やがてバスローブを着た男が浴室から出てきた。 裸のままで待っていた俺を見て、男は満足そうにうなずく。 男がベッドに向かって歩き出したその時、いきなりスマホの着信音が鳴った。 俺は着信音を切っているので、鳴っているのは男のスマホだろう。 案の定、男は「すみません」と言うとカバンからスマホを取り出した。 「もしもし。はい。ええ、はい。  わかりました、すぐ向かいます」 男は電話の相手に相づちをうちながら、風呂場のドアを開けてバスローブを取り、俺に渡してきた。 着なさい、というような仕草を男がしたので、受け取ったバスローブを着る。 「今、出先なので電車で直接行きますので、そちらから誰か車を回してもらえますか。  はい。はい、お願いします。では」 男は電話を切ると、俺に向かってこう言った。 「申し訳ありません。  仕事が入ったので、今日は中止にさせてもらえますか」 「ああ、わかった」 電話の応対からなんとなくそんな気はしていたので、俺は男の言葉にすぐにうなずいた。 そもそも、中止になるなら俺にとってはむしろラッキーなので、謝ってもらう必要はない。 男は脱衣所で服を着てくると、まだベッドの上に座ったままの俺に声をかけた。 「部屋は明日の朝まで取ってありますから、君はゆっくりしていってくれていいですよ。  なんでしたら、ルームサービスを頼んでもらっても構いませんから」 「いいから、早く行けよ。  急ぎなんだろ」 「すみません。ではまた連絡します」 そう言うと男は慌ただしく部屋を出て行った。 残された俺は、なんだか気が抜けてしまって、ベッドの上にごろりと横になった。 「あいつ、なんの仕事してるんだろう」 男には平日の昼間に呼び出されることも多いので、少なくとも普通のサラリーマンではないとは思っていたが、それ以外のことはさっぱりわからない。 こんな夜に電話で呼び出される仕事とは、いったいなんだろうか。 電話の様子では、職場ではなくお客さんか何かのところに直接行くような感じだったけれど。 「うーん、わからないな」 高校生の俺では、あれだけの情報で男の職業を推測することは出来なかった。 そもそも、俺はあの男のことは職業だけでなく、他のことも何一つ知らないのだ。 年齢もたぶん三十台だろうと想像しているだけで、はっきりとはわからない。 話していても方言は出ないから出身地もわからないし、今住んでいる場所もどの沿線沿いなのかさえも知らない。 だいたい、俺はまだあいつの名前も知らないのだ。 あいつの方は、俺の名前も学校も学年も知っているのに。 「……なんかムカついてきた」 俺が甘かったせいであいつに個人情報を知られて脅されているのだから自業自得なのだが、やはり相手にだけ自分のことを知られていて、自分は相手のことを知らないというのは気分が悪い。 「っていうか、あいつの職場がわかったら、それをネタにして俺があいつを脅したらいいんじゃないのか?」 あいつがどんな仕事をしているかわからないが、普通の職業なら職場で「ホモのSで高校生を脅してセックスしている」などとバラされたら困るだろう。 もしあいつの職場を調べることが出来たら、そう言って脅して、俺のトイレでの動画と生徒証の画像を消すよう、あいつと取引ができるのではないだろか。 「うーん、どうにかして、あいつのこと調べられないかな……」 一番簡単なのは、男がシャワーを浴びている間にスマホをのぞき見ることだが、残念ながらさっき男が使っていた機種は生体認証のロックがかけられる機種なので、本人以外が中を見るのは無理だ。 カバンや財布を探ってみたとしても、脅迫相手の俺に会うのにわざわざ身分がわかるものを持ってきてはいないだろうから無駄だろう。 「そうすると、尾行しかないか……」 プレイが終わってからホテルを出る時は、男はチェックアウトの手続きがあることもあって、たいてい俺の方が先に出る。 そうやってホテルのあるビルから出た後、そのまま男が出てくるのを隠れて待っていて、そのあとをつけたら、男が住んでいるところや職場がわかるのではないだろうか。 「よし、次に呼び出された時にあとをつけてみよう」 万が一、あとをつけているのを男に気付かれた場合、大変なことになるというリスクはあるけれど、そのリスクをおかしてでも、あの男が何の仕事をしているのか、どこに住んでいるのか知りたいという気持ちの方が強い。 「あ、いや、単に知りたいってことじゃなくて、知って取引のネタにするためだし」 なんとなく言い訳めいたことをつぶやきながら、俺は起き上がって服を着るために脱衣所に向かった。

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