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おまけ:理一の家 3
「監禁体験って、あいつほんとに何考えてんだよ」
理一が変態であることは十分わかっていたつもりだったが、昨日はその変態性が一切出ていなかったので正直油断していた。
「とりあえず理一が帰ってくるまではプレイ続行ってことか」
今が9時過ぎだから、プレイ時間は4時間半といったところか。
かなり長いが、裸で首輪をつけられているだけで、他に何かされているわけではないから何とかなるだろう。
「さて、どうするかな……」
理一がいなくてもプレイ中であることには変わりないから、ただぼーっとして過ごすわけにはいかない。
俺は昨日の理一とのやり取りを思い出して、理一がどうすれば喜ぶのかを考える。
いつものプレイみたいに拘束具を使ったりエロいことをすればいいのかとも思うけど、それなら理一はそういう命令をしていくような気もする。
「監禁体験っていうからには、監禁されたつもりになってみればいいのかな」
その考えは正しい気がしたので、俺は自分が理一に監禁されるところを想像してみることにした。
恋人になった理一に本気で監禁されるというのもイマイチ想像しにくいので、出会ったばかりの理一に監禁されたところを想像してみる。
あの公園で理一に出会った日、抱かれた後に理一に脅されてこの部屋まで連れて来られ、さっきみたいに仕事に行くから留守番していろと言われたとしたら。
「まず、なんとか逃げ出そうとするよな」
そう考えた俺は、入口のドアのノブをガチャガチャと動かしてみる。
当然カギがかかっているし、そもそも内側にはカギが付いてない。
ドア横に金属製の小さな戸があるので、たぶんその中に外にあったのと同じような番号式のキーがあるんじゃないかと思うけど、これも開きそうにない。
外の様子を探ろうとドアに耳をくっつけてみるが、物音ひとつ聞こえない。
リビングや寝室にいた時は普通に外を通る車の音などが聞こえていたのに、今は空調と冷蔵庫の音くらいしか聞こえないから、たぶん部屋自体が防音になっているので、大声で助けを呼んでも無駄だろう。
「逃げるのも助けを呼ぶのも無理なら、とりあえず部屋の中を調べる、かな。
あ、その前に何か着るか」
プレイ中は基本全裸なので、最近では裸でいることに慣れてしまったが、あの頃だったら裸に首輪なんて耐えられなかったはずだ。
とりあえず俺はベッドの上に畳んで置いてあったタオルケットを体に巻いて、部屋の中を調べていく。
壁際の小さな冷蔵庫の上にはパンが入ったビニール袋が置いてあり、冷蔵庫を開けると水のペットボトルが数本と紙パックの野菜ジュースとサラダチキンが入っていた。
監禁にふさわしい簡素な昼食だが、ちゃんと栄養バランスが取れているところが理一らしくて、ちょっと笑ってしまう。
次に俺は壁にかかっている鞭や拘束具をチェックする。
初めてこういうものを見た時はびびったっけなと思い出しつつ、側にあった5段のプラスチックケースの引き出しを開けてみると、コンドームとローションの他に小型の拘束具や玩具が山ほど出てきた。
「うわ……あいつ、これ全部俺に使う気かよ」
ドン引きした俺は見なかったことにして引き出しを閉めると、次にトイレとシャワーブースを見に行く。
トイレはガラス張りであること以外は普通だが、シャワーブースは広めであのホテルにあったような鎖をつなぐためのフックが付いていて、完全にSM仕様だ。
「っていうか、このトイレ、理一も使うんだよな」
自分がこの全面ガラス張りのトイレを使うことを考えるとうんざりするが、理一が使っている時は俺が外からそれを見ることが出来るのだと思うと、ちょっと笑える。
ベッドはあのホテルのベッドと同じもののようだ。
手枷足枷の他にも鎖をつなぐための金具がいくつも付いていて、シーツは防水という、これも完全にSM仕様のやつだ。
「あとは……あ、あのインターホンか」
理一が教えていってくれた空調のスイッチとインターホンはごく普通のものだ。
それらは壁のへこんだところに入っていて、どうやらこれも入口のドア横にあった番号式のキーらしき小さな戸のように開け閉め出来るようになっているらしい。
非常用のインターホンをちゃんと使えるようにしておいてくれた理一の思いやりを感じて、俺はちょっと嬉しくなる。
「そういえばこれ、管理人に繋がるって言ってたよな」
よく考えてみたら、いくら非常用とはいえ監禁部屋にこんなインターホンが付いているのはおかしくないだろうか?
そういえば、部屋を見た衝撃で聞き流してしまったが、理一はこの部屋についてマンションの規約が、とか何とか言っていた。
「まさか、このマンション全部にこういう部屋があるとか……」
よく考えてみたら、これほど大掛かりな監禁部屋がリフォームで作れるとは考えにくい。
マンションが出来た時からあると考えた方が自然だ。
「8階分、全部Sばっかりのマンションかよ……」
理一みたいな変態がそんなにいるのかと思うと何だかめまいがしてきて、俺はベッドに倒れ込む。
真面目に監禁体験してやるつもりだったけど、まだ1時間もたってないのに何だか馬鹿らしくなってきた。
「だいたい4時間半って長過ぎなんだよ」
最初から今日理一が仕事に行くことはわかってたので、待ってる間に英語の予習をやろうと準備してきたのに、こんなところに閉じ込められたので無駄になってしまった。
スマホでもあればいくらでも時間が潰せたのに、この部屋には大人の玩具くらいしか時間が潰せそうなものがない。
「……暇だし、寝るか」
どうせ理一が帰ってきたら、このままこの部屋でプレイになだれ込むだろうから、寝て体力を温存しておくのは悪くない気がする。
まだ午前中だし寝られるかどうかわからないけど、とりあえず俺は目を閉じた。
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自分を天井から見下ろしているような視点のせいで、これは夢だと気がついた。
夢の中なのに、俺は現実と同じように、全裸で監禁部屋にいた。
夢の中でも俺は、理一が帰ってくるのを待っていたが、理一はいつまでたっても帰ってこなかった。
窓のない、昼夜もわからない部屋で、俺は何日も何日も理一を待ち続けていた。
あいつ、何で帰ってこないんだと思った次の瞬間、突然場面が変わって、あのホテルの部屋が見えた。
そのベッドの上で、俺の知らない色白の裸の男を、理一が恍惚とした表情で鞭打っていた…………。
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「最悪……」
変な時間に寝たせいか、嫌な夢を見た。
空調は効いているのに、体中に変な汗をかいている。
「……ただの夢だし」
理一が俺をこの部屋に閉じ込めたまま帰ってこないなんてありえないし、他の男とあのホテルでプレイしているなんてこともないに決まっている。
そんなこと、わかりきっているのに、胸がドキドキと激しく鼓動してして収まらない。
あんな夢を見てしまった理由は、なんとなくわかる。
俺は理一の奴隷 になったのに、いまだに鞭打たれることはできないし、理一のことをちゃんと満足させられているか、不安だからだ。
俺を一生飼うと言った理一の言葉を信じているつもりだったけど、それでも俺は深層心理ではいつか理一が心変わりをするのではないかと怯えているのかもしれない。
「あー、もう、余計なこと考えんなって」
マイナス思考に陥りそうになった俺は、ブンブンと頭を振って嫌な考えを追い出そうとする。
「まったく、理一もどうせだったらもっと色々命令していってくれたらよかったんだ。
そうしたら、こんな余計なことなんか考えてる暇なかったのに」
八つ当たりだとはわかっていたが、俺はそうぼやかずにはいられなかった。
昨日、理一に命令されるのは楽なのだと気付き、反省したばかりだけど、早くもくじけそうだ。
「……あ、そうだ。飯……」
俺を閉じ込める時、具体的な命令はほとんどしていかなかった理一だが、昼食を食べるようにと言っていたことを思い出す。
寝てしまったので、今が何時なのかさっぱりわからないけれど、腹は少しは減っているような気がした。
「うん、飯にするか」
実行すべき理一の命令を思い出した俺は、少し元気を取り戻して冷蔵庫から理一が用意した昼飯を取ってきた。
部屋にはテーブルも椅子もないので、タオルケットをたたんで座布団代わりにして床で食べることにする。
「いただきます」
喉が渇いていたのでまず水を飲み、ビニール袋からパンを取り出す。
パンは賞味期限長めの長期保存できるタイプのものだ。
考えてみたら、昨日は理一はずっと俺と一緒にいて、この部屋に食事を準備しにくる暇なんかなかっただろうから、あらかじめ準備しておいたものだろう。
そうするとこのメニューも監禁っぽい簡素なものと言うよりは、夏場に温めなくてもそのまま食べられて何日か前に用意できるものと言うことで、他にあまり選択肢がなかっただけなのかもしれない。
「ん?」
そんなことを考えながら食事をしていると、パンの袋の底に折り畳んだメモ用紙が入っているのに気がついた。
開いてみると、そこには理一からのメッセージが書かれていた。
『簡単な食事ですみません。
晩ご飯は何かおいしいものを作りますから、もう少しだけいい子で待っていてくださいね』
「なんだよそれ、子供扱いかよ……」
口ではぶつぶつ言いながらも、多分俺はにやけていたと思う。
まるで俺が落ち込むことを見透かしたみたいに用意された理一のメモが、今の俺にはすごく嬉しかった。
「あいつ、こんな字書くんだな……」
上品で綺麗な文字は、すごく理一らしかった。
俺は理一がダイニングのテーブルでこのメモを書いている姿を想像する。
そのまま続いて、昨日そのテーブルで理一と一緒に夕飯を食べた時のことや、キッチンで並んで食器を片付けた時のことを思い出すと、俺の気持ちは少し浮上してきた。
「そっか、こうやって理一のことを考えていたら良かったんだ」
俺は自分の首に手を当てて、そうつぶやく。
あまりにも着け心地が良くて存在を忘れかけていたけど、この首輪が証明する通り、俺は理一の飼い犬なのだ。
犬なんだから、色々とややこしいことなど考えずに、飼い主が帰って来るのを信じて、飼い主との楽しい思い出でも思い浮かべながら、のんびり待っているだけで良かったのだ。
「なんか俺、馬鹿みたいだったな」
一人でいたから、ぐるぐると余計なことを考えてしまったけれど、このメモのおかげで一人でも理一の存在を感じることができるようになったから、もう大丈夫だ。
そうして気を取り直した俺は、理一が帰ってくるまでの残りの時間を、理一のことを思い出しながら過ごしたのだった。
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「ただいま帰りました。
……おや」
帰って来た理一に、帰宅した主人を迎える犬みたいに飛びついて抱きついたら、理一に驚かれてしまった。
「どうしました?
寂しかったですか?」
「はい」
答えながら俺は、理一の肩にぐりぐりと顔を擦り付ける。
理一はそんな俺を抱きしめて頭をなでながら、優しい声で問いかけてきた。
「いったい、どうしたのですか?
今日はずいぶんと素直に甘えてきますね」
「だって、僕、ご主人様の犬だから。
それとも、甘えちゃ駄目ですか?」
少し不安になって理一の顔を見ると、理一は優しく微笑んでくれた。
「いえ、そんなことはありませんよ。
私の可愛い犬が甘えてくれて、私も嬉しいです。
ああ、そうですね。
いい子でお留守番が出来たご褒美に、たくさん遊んであげましょう」
そう言うと理一は、俺の腰を抱いてベッドへと向かった。
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