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番外編その2 『永田くん、こっちを向いて!』

「ねえ永田君、そろそろ俺と真剣にお付き合いすること考えてくれた?」  ……うざい。 「ねえってばねえ、聞いてる? 永田君」  このうえなくうざい。  誰だ、このさわやか野郎を美術部に招き入れた不届き者は……。  おおよその予想は付いているでござるが。 「ながたくー」 「ああもううるせえええ!! 拙者は貴様との交際なんか断ると何度も言ってるでござろーがッ!! いいかげん分かれやァァ!!」 「ふふ、やっとこっち向いてくれた」 ちゅ。 「!?!?」 横を向いただけで、唇に……キスをされた。  おい……おい。 「きゃーっ! 永田氏たちってばラブラブよーっ!!」 「うっちゃん以上の平凡受け最高ーっ!!」 「俺以上ってのは余計だけど平凡受け萌えるぅぅーっ!!」 「もっとちょうだい!! もっと!!」 「お前らもうるせぇぇぇ!!」  ったく、部活中だというのに相変わらずうるさい腐男子&腐女子どもでござる……。  美術部員でもないくせに堂々と拙者の隣に座っているさわやか野郎こと三年の八代愁斗(やしろしゅうと)は、意味不明な腐女子どもの野次をニコニコしながら受け入れている。(意味分かってんのか?)  相変わらず拙者の周辺にいるのはどいつもこいつも頭がおかしい奴ばかりでござるな! 知ってたけど!  拙者は何事もなかったように右手の甲で乱暴に唇をぬぐった。  いきなり唇を奪われるのは、もうこれで何度目でござろう……。  こないだ経験したばかりのファーストキスなど、もう彼方の思い出だ。  油断している拙者も悪いかもしれないが……いや、いきなりキスかましてくる方が悪いに決まってるでござろう……!! 「永田氏ってば、せっかく八代先輩がキスしてくれたんだからもうちょっといいリアクションしようよぉ、照れるか怒るか喜ぶかさー」 「は? その言い方だと拙者がこの野郎のキスをありがたがっているみたいでござるが? ふざけんな、こやつからのキスなんかそこら辺の犬にされたのと同じでござる!」  拙者がそう言い捨てると、腐女子どもがわけのわからん反論をしてきた。 「そこらへんの犬は突然キスしたりしてこないでしょうよ。流行りの獣人モノならともかくとして!」  は? じゅうじん?? なんじゃそら。  こないだはオメガなんとかが今の流行りと言ってなかったか、池田氏。 「そこら辺の犬とか色々とヤバいよねぇ、菌とかさぁ……」 うっ、確かに犬の口内はめちゃくちゃ菌まみれで汚いと聞くが……。  犬を溺愛してキスしまくっている飼い主に失礼でござろう、深町氏! 「つまり八代先輩のキスの方が何倍も安全! そして既に永田氏にとっては日常!」 「わーお! 刺激的な毎日だね!!」 「お前らちょっと黙れでござる」  だんだんツッコミ疲れてきた……。  まだ部活の時間は終わってないが、拙者もう帰っていいでござろうか。 「犬と同レベルか……まだまだ手厳しいなぁ。けど、そんな冷たい永田君も大好きだよ! それに君の犬にならなってもいいよ。いや、むしろなりたい」 「なにいってんだおまえ、キモ……」 「キャアアアアアーッッ!! 君の犬になりたい発言やばあああーッッ!」 「メモ! メモ取らなきゃメモォォ!!」  八代の野郎、腐男子&腐女子に変な餌を蒔くなでござる!  つーか本気できもちわりいな! 拙者の犬になりたいとかもはや意味がわからねぇ!!  やっぱり帰るでござる!!  拙者は無言で立ち上がり、マイリュックをひっつかんでこの場から去ろうとした。    が。 「待って永田君、俺も一緒に帰るよ」 「はあ!? ついてくんな、この変態人面犬野郎!!」 「それじゃ妖怪だよ、永田氏~」 拙者は雨宮氏ののほほんとしたツッコミを背中で受けながら、ドスドスと不機嫌オーラ全開な足取りで美術室をあとにしたのだった。

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