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8 呪いが解けたら
「そりゃ、どう考えても偶然だろ。
犬がトイレットペーパー持ってくるってマンガかよ!」
居酒屋でビールを飲みながら、タロとトイレットペーパーのエピソードを荒井さんに話したら、思いっきり笑い飛ばされてしまった。
ちなみに荒井さんは、副業の挿絵の仕事でお世話になっている編集さんで、実は高校の美術部の先輩である。
文系の大学を卒業後、なぜか萌え系エロ小説の編集者になった荒井さんが、高校の時に俺が描いたエロ萌え絵の出来が良かったことを思い出し、俺に仕事を依頼してきたことから付き合いが再開した。
ちなみに俺が高校の時にエロ絵を描いていたのは、女体に興味があったとかではなく、当時片思いしていた同じ部の男子の気を引きたかっただけである。
荒井さんは先輩後輩の気安さからか、たまに日程の厳しい仕事や描くのが難しい仕事を俺に依頼してくるのだが、代わりにそんな仕事の後には、よくこうして飲みに誘っておごってくれる。
昔から無茶振りしてくることはあるが、基本的には後輩に優しい、いい先輩なのだ。
荒井さんは、ビールをうまそうに飲んでプハーッと息を吐くと、話を続ける。
「まだ子犬なんだろ?
飼い主が目を離したスキにイタズラしてたら、たまたまそうなっただけだって」
荒井さんが言うことは、常識的に考えればもっともなのだが、それでもやはり俺は納得出来なかった。
「でもタロは普段からイタズラしない子だし、散歩の後で足を拭く前に上がってきたことも今まで一度もないんですよ?
偶然ってことはありませんよ」
「けどなあ。
本当に犬が全部わかった上でトイレットペーパー持ってきたっていうなら、それもう犬じゃなくて、妖怪とか宇宙人とかだろ。
もしくは、呪いをかけられて犬の姿になっているけど、実は中身はロリ系美少女とかな。
お前がキスしたら、呪いが解けて全裸の美少女に戻って、『助けてくれてありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、私のことを好きにしてください♡』とか言ったりして」
さすがはエロ小説の編集者、という先輩の妄想に、俺は苦笑する。
「それこそ、どこのエロマンガですか。
あと、タロはオスです」
「じゃあ美少女じゃなくて美少年だな。
よかったな、お前はそっちの方がいいだろ」
俺の背中をバンバン叩きながらそんなことをいう荒井さんに「俺、ショタ趣味はありませんよ」と返しながらも、俺はもしタロが人間だったらと、ちょっと想像してみる。
犬のタロが人間の時の姿と性格を反映しているとしたら、きっときれいな黒髪で目がくりっとしていて、かしこくて優しい少年だろう。
タロはまだ小さいから「好きにしてください♡」はないにしても、きっと犬の時と同じように俺のことを慕ってくれるに違いない。
誰かと同棲するのはもうこりごりだと思っていたが、人間になったタロとだったら一緒に暮らしたいなどと、俺はそんな都合のいいことまで考えてしまった。
――――――――――――――――――――
「タロ〜ただいま〜」
終電で帰った俺を、タロはいつも通り尻尾を振って出迎えてくれた。
もうとっくに寝ていただろうに、わざわざ起きてきてくれるとは、タロは本当にいい子だ。
「タロ〜」
酔った勢いもあって、俺はタロを抱き上げてその口にチュッとキスをした。
タロは目を見開いてキョトンとしていたが、当然のようにタロが美少年に変身することはなかった。
「やっぱり呪いとかないよなー。
っていうか、よく考えたらお前とは何回もキスしてるしなー」
自分からタロにキスしたのは初めてだが、タロには何回も口を含めた顔中をべろべろと舐められているから、もしもキスで呪いが解けるのなら、あれでもうとっくに解けているだろう。
納得した俺は、酔っ払ってふらふらしつつ寝る準備をして、いつものようにタロを抱き上げて2階の寝室に向かった。
タロを2階の廊下に下ろすと、タロはぽてぽてと寝室に入っていって、敷きっぱなしの布団の前でお座りした。
「タロ〜、お前は本当にかわいいやつだな〜」
俺が布団に入って布団をめくってやると、タロはいつものように布団に入ってきて、俺の腕を枕にして横になった。
「タロが犬でも、人間でも妖怪でも宇宙人でもいいや。
俺はどんなタロでも好きだよ」
俺がそう話しかけると、タロはクウンと鼻を鳴らした。
「おやすみ、タロ」
そうして俺は酔いのせいもあって、タロのぬくもりを感じながら、すぐに眠ってしまった。
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