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10 2度目の変身

タロが人間に変身するという不思議な出来事を、俺は案外すんなりと受け入れていた。 あの出来事は夢という一言で片付けてしまうにはあまりにもはっきりし過ぎていたし、それに人間になれるのならばタロが他の犬に比べて賢いことにも説明がつく。 それだけではなく、俺自身があの出来事を夢だと思いたくないというのもある。 だって、もしあの出来事が夢じゃなかったら、犬のタロだけじゃなくて、人間のタロとも話したり遊んだりできるんだぞ! そんなの絶対、夢じゃない方がいいに決まってる。 タロが初めて人間に変身した日から何日かの間は、俺とタロはいつもと変わらない日常を過ごした。 とは言っても、俺はタロがいつまた人間になってくれるのか気になってずっとそわそわしていたし、タロの散歩に行く前に毎回まだ人間にならないかタロに聞いていた。 もし散歩の途中でタロが人間に変身してしまったら、大変なことになるからだ。 一方のタロの方は、この前階段が降りられなかったのがよっぽど悲しかったのか、暇さえあれば階段の上り下りを練習していた。 「大きくなったら自然に降りられるようになるから、あんまり焦らなくてもいいぞ」 俺はそう言ってやったのだが、タロは練習を止めようしなかった。 結構負けず嫌いなのかもしれない。 仕方がないので、俺は万が一タロが階段から落ちてもケガをしないように、階段の下にたたんだ毛布を置いてやった。 「落ちたら危ないから、あまり高いところまでは登るなよ。  あともし降りられなくなったら俺を呼ぶんだぞ」 そうタロに言い聞かせると「ワン」と返事をしたので大丈夫だろう。 これまではタロが本当に俺の言葉を理解しているのか半信半疑だったが、今はもうタロが人間の言葉を話せることがわかっているので安心だ。 ―――――――――――― そしてタロが人間に変身した日から4日後の夕方。 俺がちょっとタロから目を離した間に、タロはまた人間の姿になっていた。 「ご主人様!」 「おおー、タロ、また人間になれたんだな!」 「はい!」 「まあ、座ってくれよ。  お前がまた人間になったら、今度はもっといっぱい話がしたいと思ってたんだ」 「はい、僕もご主人様ともっとお話したいと思ってました」 俺はタロのためにダイニングテーブルの椅子を引いてやってから、タロのための犬用ミルクと自分用のペットボトルのコーヒーを冷蔵庫から出してコップについだ。 「はい、どうぞ」 「ありがとうございます」 タロは犬の時みたいに舌を出してミルクを飲むのかと思ったが、ちゃんと人間のようにコップに口をつけて飲んでいる。 「タロ、お前、いつ人間に変身できるのか決まっているのか?」 とりあえず時間も限られているだろうから、俺はまず、タロの変身能力について確認させてもらうことにした。 「いえ、いつとは決まってないです。  けど、人間に変身するための『力』がたまらないと変身できないので、今のところは4、5日に一回しか変身できないと思います。  もうちょっと力が強くなったら、もっとしょっちゅう変身できるようになるらしいんですが」 「そっかー。  それで変身していられる時間は30分くらいか?  前の時はそれくらいで人間に戻ってただろ?」 「あ、いえ、この前はご主人様が起きるちょっと前から人間になってたので、もうちょっと長いと思います。  それに力が強くなったら、人間でいられる時間もだんだん長くなるはずです。  あ、それと僕、人間になるタイミングは自分で選べるので、散歩の時は人間にはならないようにしますから大丈夫ですよ」 「あ、そうなんだ。よかった。  それが心配だったんだよ」 タロの変身能力を確認できて、俺は安心した。 タロが変身したり人間に戻ったりするタイミングがだいたいわかったから、これで次からは、いつタロが変身するかと一日中そわそわしなくてもすむ。 「そうだ、タロ。お前、俺に言っておきたいこととかないか?  もっとこうして欲しいとか、逆にやめて欲しいこととかあったら、話ができる今のうちに言ってくれよ」 俺が気になっていたことが聞けたので、今度はタロの言いたいことを聞こうと思ってそう問いかけると、タロは待ってましたとばかりに話し始めた。 「ご主人様はもっとちゃんとしたご飯を食べて欲しいです。  ご主人様、僕にはちゃんと決まった時間にご飯を出してくれるのに、ご自分は食べなかったりカップラーメンだったり栄養ゼリーだったりするの、よくないと思います。  あと、夜もちゃんと寝てください。  ご主人様が夜僕と一緒に二階で布団に入っても、ちょっとだけ仮眠してすぐ起き出すことがあるの、僕ちゃんと知ってるんですから」 子供の姿のタロにいきなり自分のいい加減な生活スタイルを注意され、俺はあわあわしてしまう。 「い、いや、それはちょっと前の急ぎの仕事をしていた間だけで、たまたまだからね?  今はちゃんと三食食べてるし、夜も普通に寝てるだろ?」 「確かに夜はちゃんと寝てますけど、でもご飯はもっと自炊しないといけないと思います。  お弁当屋さんのおばさんにも『うちで買ってくれるのはありがたいけど、いつもお弁当ばかりじゃだめよ』って言われてましたよね?  あと肉屋さんのおばさんも『いつもコロッケとメンチカツばかりじゃなくて、たまには豚肉や鶏肉を買って自炊しなきゃ』って言ってました」 「う……すみません……」 商店街のおばちゃんたちのセリフまで出されて、俺は思わず小さくなって謝ってしまった。 「お、俺のことはいいから、それよりタロのことだよ。  タロは俺に対してなにか不満とかないの?」 「ありません!」 俺の質問に、タロは迷うことなく言い切った。 「ご主人様は僕にちゃんとご飯をくれるし、散歩にも連れて行ってくれるし、それに僕のことをいっぱい撫でてかわいがってくれるから、不満なんか全然ありません。  それよりも僕、ご主人様のことが心配で……。  前にテレビで『バランスのいい食事をしないと病気になることもある』って言ってたの聞いて、ずっと気になってたんです。  もしご主人様が自炊できないのなら、僕が人間になった時に代わりにご飯を作りますから、ちゃんとご飯を食べて下さい」 タロがそこまで俺の心配をしてくれていたのを知って、俺はちょっと感動してしまった。 「タロ、俺のこと心配してくれてありがとうな。  俺、これからはちゃんと自炊するし、もっと健康的な生活をするよ」 俺がそう言うと、タロは満足そうにうなずいた。

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