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12 肉じゃが
タロは俺にまともな飯を食わせるという使命感に燃えているらしい。
一緒に料理を作った翌日、夕方のニュース番組の料理コーナーをじっと見ていたので、番組表を確認して初心者向けの料理番組の視聴予約を入れてやると、そちらも食い入るように見始めた。
ちょこんとお座りをして、じっとテレビを見つめている様子があまりにもかわいいので、俺は油絵を描く手を休め、スケッチブックと鉛筆を持ってきて、タロの姿をスケッチする。
夢中になって描いていると、急にタロがこっちを向いてワンと鳴いた。
画面を見ると、ちょうど出来上がった料理を皿に盛っているところだった。
「お、肉じゃがか。
これ作ってくれるのか?」
「ワン!」
「いいな。
肉じゃがは好きだけど、煮物って時間かかるし量が多くなっちゃうから自分では作らないんだよな」
俺がそう言うと、タロは尻尾を振って応えた。
再び画面の方を向いたタロがまたワンと鳴いたので俺も画面を見ると、材料と分量が出ていたので、慌ててスケッチブックにメモをする。
「これ玉ねぎ使うけど、お前は食べられるのか?」
「ワン!」
「そっか、ならいいな」
おそらくタロは、人間と同じものを食べても大丈夫なのか、例の謎の存在に確認したのだろう。
続けて画面に出た副菜のほうれん草のごま和えの分量もメモを取ってから「これでいいか?」とタロを見ると、タロは満足そうにうなずいていた。
「よし、わかった。
じゃあ今度買い物行った時に材料買っておくからな」
俺がそう言うと、タロはまたワンと鳴いて尻尾を振った。
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「今日は僕一人で晩ご飯作りますから、ご主人様はお仕事してて下さいね!」
そしてある日の夕方、気付くとまた人間に変身していたタロは、そう宣言すると腕まくりをしてキッチンに向かった。
「うん。ありがとうな。
楽しみにしてる」
タロがやる気になっているので任せるつもりではいるが、さすがに料理2回目では不安があるので、一応目を離さないようにはするつもりだ。
前回のようにまた急に犬に戻ってしまって、その時に火や包丁を扱っていると危ないので、スマホで45分間のタイマーをセットしておく。
前回変身していられた時間は1時間弱だったから、これで犬に戻ってしまう前にはタイマーが鳴るだろう。
タイマーをセットした俺はスケッチブックと鉛筆を用意すると、タロの手元が見える位置に椅子を移動して座った。
「タロ、ご飯作ってるところをスケッチさせてもらってもいいか?」
「はい、どうぞ」
タロはモデルになることを快 く許可してくれた後、なぜかくすっと笑った。
「ん? どうかしたか?」
「いえ、ご主人様は僕が犬の姿の時は何も言わずにどんどん描くのに、人間の姿の時はちゃんと確認するんだなって思って」
そう言ったタロの言葉には、俺をとがめる響きはなかったと思う。
けれども俺はタロの言葉にはっとなった。
「そっか、犬の時も描いていいか聞かなきゃいけなかったよな。ごめん」
俺は普段、あらかじめ頼んだモデルさん以外に人間を描くことはあまりないけれど、もし描きたい時は当然その人に許可を取ってから描かせてもらう。
逆に動物の場合は、うっかり声などかけたら当然逃げられてしまうので、黙ってさっさと描くことにしている。(もちろん飼い主がいる場合は別だが)
その法則を、俺は無意識のうちに人間の姿のタロと犬の姿のタロにも当てはめていたのだ。
どちらのタロも同じように人間並みの知能を持ち、俺の言葉を理解することをわかっているにもかかわらずだ。
タロと話が出来るとか一緒に料理を作ったとか浮かれていたのに、俺はまだタロのことをただの犬としか見ていなかったんだ。
俺が軽い自己嫌悪におちいっていると、タロが料理の手を止めてこちらを向いた。
「いえ、いいんです。
むしろ犬の時だけじゃなくて、人間の時も確認しなくてもいいから、どんどん描いて欲しいです。
僕、ご主人様のお仕事のお役に立てるのがうれしいから……」
少しはにかんだ様子で話すタロの言葉に、俺は感動する。
「タロ……ありがとう。
俺の方こそ、いつもお前を描かせてもらえて嬉しいし助かってるよ。
それじゃあ、人間の時も遠慮なく描かせてもらうな」
「はいっ!」
元気よく返事をしたタロは、再び料理に戻った。
俺の方も、改めてタロのスケッチを再開する。
人間の子供に犬の耳と尻尾がついたこのタロの姿は、人に見られる危険性を考えると写真や映像に残すことは出来ない。
けれども、こうして俺の描く絵なら、もし誰かに見られても想像で描いたのだと言えば済むのだから、いくらでも人間のタロの姿を描き残すことができる。
犬のタロだけじゃなく、このタロの姿も元橋さんに売ってもらえるような絵にしてみようか。
描きながらそう考えたが、逆にこのタロの姿の絵を売り物にはしたくないような気もする。
だって、このタロは俺とタロだけの秘密だし。
人間の姿のタロも犬のタロと同じくらいかわいくて、たくさん描きたくなるけれども、その絵を他の人に見せるのはなんだかもったいない気がする。
俺がそんなことを考えながらタロを描いていると、鍋からいい匂いがただよってきた。
「ご主人様、味見してもらえますか?」
「お、どれどれ」
タロが味見した皿を俺に差し出してきたので、受け取って味見してみると丁度いい辛さでうまかった。
「うん、うまいうまい」
「じゃあ、これで出来上がりです。
少し置いた方が味が染みておいしいらしいので、もうちょっとしてから食べますか?」
「いや、味染みるの待ってるとお前犬に戻っちゃうから、もう食べようぜ」
「じゃあ、ご飯用意しますね」
「うん、手伝うよ」
そうして俺も手を洗って、二人で食卓の用意をして席についた。
「いただきます」
手を合わせてから、まず最初に肉じゃがに手をつける。
「おっ、うまい!」
「ほんとですか? よかったです。
明日の方が味が染みておいしいと思うので、よかったら明日も食べてくださいね。
多めに作っておいたので」
「うん、ありがとう。
いやー、タロに飯まで作ってもらえて、俺は幸せだな-」
「僕も幸せです!
ご主人様に僕が作ったご飯を食べてもらえて」
「タロー、お前はほんとにいい子だなー」
タロのかわいい物言いに、思わず身を乗り出して食卓の向こうのタロの頭をなでると、タロは照れくさそうにえへへと笑った。
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