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3 俺の自覚

いつもよりも少し早く、晩ご飯が出来上がった。 どうやら体が大きくなったおかげで、タロは今までよりも手早く料理を作ることが出来るようになったらしい。 今日のメニューは、焼き鮭とけんちん汁、それにレンコンのきんぴらと青菜のおひたしだ。 たぶん焼き鮭以外は、俺が明日も食べられるように多めに作ってくれてあるのだろう。 「いただきます」 いつものように2人して手を合わせてから、まず湯気を立てているけんちん汁に、箸をつける。 「あー、うまいな。あったまるよ」 冬の夜に、こういうあったかい汁物はありがたい。 それにタロが作る汁物は、和風だしの素まかせの俺の汁物とは違って、きちんとだしが効いていてうまいのだ。 「ほんとですか? よかった。  あ、きんぴらも食べてみてください。  レンコンだけでシンプルに作るのが美味しいらしいんですけど、どうでしょう?」 「うん、これもピリ辛でシャクシャクしてて美味しいよ。  ご飯に合うな」 「よかったー。  まだありますから、よかったらおかわりしてくださいね」 そう言うタロは、俺がうまいと言ったのがよっぽどうれしいらしく、にこにこと機嫌よさそうに微笑んでいる。 「……好きだなあ」 そんなタロの様子を見ていて、ごく自然に口から出てきた言葉に、俺は自分でも驚く。 「そうなんですか?  確かにけんちん汁、おいしいですもんね。  お好きでしたら、また作りますね」 「……うん、頼むよ」 好きなのは、けんちん汁じゃなくてお前のことだよと、タロの誤解を訂正することも出来ず、俺は手にしていたけんちん汁をすすった。 ――我ながら、こんなふうにタロへの気持ちを自覚するのは、少々間抜けだとは思う。 けれども同時に、こうやって気付くのは自然なことだったような気もする。 うれしそうに俺の食事を作ってくれて、その食事を食べた俺がおいしいと言うと喜んでくれるタロ。 その様子は、タロが俺のことを本当に慕ってくれているのだということを教えてくれる。 そしておそらく、俺がタロを好きになった一番の理由は、タロのそういうところなのだ。 俺のことを好きでいてくれるからタロのことが好きだ、というのは、ある意味不純なのかもしれない。 けれども、子犬の頃からずっと、タロがこうやって俺を慕う気持ちを素直に表現するのを毎日見続けていれば、かわいい、愛しいという気持ちがわいてくるのは、きっとごく自然なことだったのだと思う。 これまではタロが子犬で子供だったから、その気持ちが恋愛感情だとは気付くことが出来なかったけれど、もしかしたらもっとずっと前から、俺はタロのことがそういう意味で好きだったのかもしれない。 「ご主人様、どうかしましたか?  もしかして、鮭焼きすぎでした?」 俺の箸が止まってしまったのが気になったのだろう。 タロが心配そうな声で聞いてきた。 「あ、ううん。何でもないよ。  鮭もちょうどいい焼き加減でうまいし」 俺が慌ててそう答えると、タロはほっとした顔になった。 俺が再び箸を動かし始めると、タロも安心したかのように食べ始める。 ……うん、まあ、好きだって自覚したからって言ったって、何が変わるわけでもないしな。 俺がタロのことを恋愛の意味で好きでも、タロの俺に対する気持ちはあくまでも飼い主に対するそれでしかないだろう。 だから、俺もタロに自分の気持ちを伝えるつもりもないし、これからも今までと同じようにタロと共に暮らしていくだけのことだ。 ――そう考えていた俺は、すぐに、自分があまりにものんきだったと気付くことになる。

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