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日帰り温泉旅行 3
山を下りて道の駅についた俺たちは、いったん車に寄ってタオルと着替えを出すと温泉へと向かった。
「わー、広いですね!」
脱衣所でぱぱっと服を脱いで、風呂場へと続く戸を開けたタロは歓声を上げる。
「うん、結構広いな」
温泉は内風呂1つと露天風呂1つのシンプルな造りだが、それなりに広い。
今日は平日なのですいているが、きっと休日はたくさんの人で賑わうのだろう。
「先に体洗おうか」
「あ、はい」
タロと共に洗い場に行き並んで座る。
タロと恋人同士になってからは、タロが恥ずかしがって一緒にお風呂に入ってくれなくなったので、こんなふうに並んで体を洗うのは久しぶりなのだが、タロは特に恥ずかしがる様子もない。
温泉が楽しみでテンションが上がっているからというのもあるだろうが、他に人がいるので俺がエロいことをする心配がないと安心しているからかもしれない。
「あ、そうだ。
久しぶりに頭洗ってやろうか?」
前にタロが俺に頭を洗ってもらうのが好きだと言っていたことを思い出してそう言ってみると、タロは「えっ」と言って、うろうろと視線をさまよわせた。
「えっと……今日は、その、ちょっと。
あの、できたら、頭は、うちで洗って欲しい、です」
恥ずかしそうな様子でつっかえながら、タロはそう答えた。
あ、うちでも一緒に入ってくれるんだ。
ずっと俺と一緒に風呂に入ってくれなかったタロが、こんな恥ずかしそうな様子でそう言ってくれると、期待でなんとなく顔がにやけてしまう。
とはいえ、こんな公共の場でその期待を表に出すわけにもいかず、俺は平然とした顔を取り繕う。
「ん、じゃ、また、家でな」
「……はい」
恥ずかしがりつつ、ほんのりと嬉しそうな様子のタロを、うっかり不埒な目で見てしまいそうになった俺は、慌てて前を向いて自分の頭を洗い始めた。
2人とも頭と体を洗い終えてから、せっかくだからということで露天風呂に入ってみることにした。
「あー」
湯船に浸かると気持ちがよくて、思わず声を出すと、タロも真似をして「あー」と言ったので、顔を見合わせて2人してちょっと笑った。
「けど、ほんとに思わず声が出ちゃうくらい気持ちいいですね」
「だろ?」
「はい、さすが温泉です」
「うん。あとはまあ、山登りした後だからってのもあるけどな」
「そうですね」
相づちをうちつつ、タロは温泉の湯をすくって眺めてみたり、指先で湯を触ってみたりしている。
「うーん、温泉って言っても触った感じは普通のお湯と変わりないですね」
「ああ、ここの温泉は結構普通だよな。
温泉によってはお湯がぬるっとしてたり色が濁ってたりするところもあるけど。
次はそういう変わった泉質のところにも行ってみようか」
「はい、是非!」
次の温泉行きの提案をすると、タロは嬉しそうに返事をする。
もしも尻尾が出ていたら、多分ぶんぶんと振られていたことだろう。
そんなふうに話をしながら、のんびりと温泉を堪能し、のぼせてしまう前に湯船を出た。
脱衣所で体を拭いてドライヤーで頭を乾かしてからそれぞれ服を着たが、それだけ時間がたってもタロの顔はまだほんのりと赤く、体からほかほかと湯気でも出そうな雰囲気だ。
「やっぱり温泉はすごいですね。
まだ体があったかくて湯ざめしなさそうです」
「うん、むしろちょっと暑いくらいだよな。
なんか冷たいものでも飲もうか?
あ、そういやソフトクリームも売ってたな」
「あ! ソフトクリームいいですね! 食べたいです」
「よし、じゃあ買いに行こうか」
外に出てソフトクリーム売り場に行ってみると、牧場ミルクとイチゴと抹茶の3種類が売っていて、タロがどれか1つだけを選ぶことができずにうなっていたので、イチゴと抹茶ミルクミックスの2つを買って2人で分け合うことにした。
ベンチに座ってお互いのソフトクリームを時々交換しながら味わう。
これもまあ、言ってみれば間接キスなのだが、同性の友人同士でも普通にやることだから、これもセーフだろう。
「ソフトクリーム、うまかったな」
「はい! 3種類とも食べられて良かったです」
「うん、そうだな。
さてと、いい時間だし、そろそろ帰ろうか。
もうやり忘れたことや買い忘れたものはなかったか?」
「ありません!
温泉に入ったし野菜もいっぱい買ったし十分満足です!」
本当に満足した様子で答えるタロがかわいかったので、頭をなでながら「じゃあ帰ろうか」と言うと、2人で立ち上がった。
――――――――――――――――
帰りの車の中で、タロは助手席で楽しそうに今日の感想や帰ったらどんな料理を作ろうかといったことを話していたが、ふと気がつくといつの間にか静かになっていた。
「あー、やっぱり寝ちゃったか」
助手席を見ると、タロは犬の姿に戻ってすやすやと眠っていた。
タロは人間の姿に変身できるとはいえ犬だから、普段から時々昼寝をしているので、今日のように運動した後に風呂に入ってお腹がいっぱいになったら、眠ってしまうのも当然だろう。
タロは人間姿で座っていた時のままの形で寝ていて、シートベルトで首が絞まってしまいそうになっていたので、信号待ちの時にシートベルトをはずしてやると、むにゃむにゃ言いながら助手席の上で丸くなった。
そんなタロを起こさないように、俺は行き以上の安全運転でうちへと車を走らせた。
うちの近くまで帰ってくると、信号が多くなって止まったり動いたりを繰り返したせいか、タロがハッと目を覚ましてキョロキョロと窓の外の景色を見た。
「すいません、僕、寝ちゃってました……。
ここ、もう都内ですよね?」
「うん、うちまであと15分くらいかな。
ここで人間に戻ると人に見られそうだから、うちに着くまで犬のままでいた方がいいぞ」
「そうですよね……すみません」
重ねて謝るタロに俺は「気にするな」と言って、背中を軽くぽんぽんと叩いてやった。
家の近くのコインパーキングに車を停めると、俺は2人分のリュックと野菜がたっぷり入ったクーラーバッグとタロをつないだ散歩用ロープ(ちなみにロープはタロが神通力で出した)を持ってうちへと向かった。
1人で大荷物を持つことになってしまった俺に、タロは申し訳なさそうな顔をしているが、さすがに人目があるので謝ってきたりはしなかった。
細い路地を通って行き、我が家の玄関を開けると、タロはさっと中に入って足拭き雑巾で4本の足を拭うと、ぱっと人間に変身して俺から荷物を受け取ってくれた。
「すみません、ご主人様。
重かったでしょう」
「いやまあ、重かったけど近いし平気だよ。
それに今からこの野菜で美味しいご飯を作ってくれるんだろ?」
「はい! もちろんです!」
「それじゃあ、野菜しまうのも任せてしまっていいか?
俺はレンタカー返してくるから」
「はい、いってらっしゃい。
がんばって美味しいご飯作っておきますね!」
「うん、楽しみにしておくよ。それじゃ、いってきます」
タロに見送られ、俺はレンタカーを返しに行った。
そうして手続きを終えて徒歩で帰ってきた俺を、タロと野菜たっぷりの美味い晩ご飯が出迎えてくれたのだった。
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