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第10話
「なあ。
その敬語、やめない?」
敬一はいつものようにメイドエプロンで俺の部屋の片付けをしてる。
……でも。
ワイシャツネクタイ姿じゃなくなったことは、ちょっと嬉しい。
「え?」
「仕事のときは仕方ないけどさ。
ふたりのときはやめろよ、敬語。
なんか距離を感じて嫌なんだ」
「そうですね。
癖になってしまってるので難しいとは思いますが、努力してみます」
煙草を消すと、さっさと灰皿を片付けられた。
……吸い過ぎです、そう怒られて、あまり吸わせてもらえない。
まあもっとも、苛つく原因はなくなったので、さほど困らないが。
「それから。
毎日家に帰るの、面倒じゃないか?
一緒に住めばいいだろ」
「……はぁっ」
小さくため息をついた敬一に、いじけそうになった。
週末以外、敬一は絶対にうちに泊まらない。
なんかそういうのは淋しいし、俺としてはもっと一緒にいたいのだけれど。
……そんなことを思うのは俺だけなのかな。
「社長が男とふたり暮らしとか、変な噂になったらどうするんですか?」
「……べ、別にいいだろ」
「株価、大暴落ですよ。
見合い、破談にしたときだって結構下がったのに」
「……そのぶん、挽回できるよう頑張るから」
……わかってるよ、それくらい。
だから最近、新規開拓頑張ってるのに。
「……それに」
「それに?」
「付き合うようになってから、鷹也は可愛くなり過ぎて困るんです。
……しかも無自覚だからたちが悪い」
ちょっといじけていたら、チュッと唇がふれた。
離れると、眼鏡の奥の瞳が細くなる。
なんかそれだけで、顔が熱くなってきた。
「ほら。
またそんな顔をする」
再び重なった唇に、敬一の首に腕を回す。
「……仕方ないだろ。
ほんとに愛してるって思えたの、初めてなんだから」
「そんなんだから。
……一緒に住んだりしたら、歯止めが利かなくなりそうで怖いんです」
次第に深くなっていく口付けに、甘い吐息が混じり出す。
ようやく離れた唇にため息ともつかない深い吐息を落とすと、耳元で敬一が囁いた。
「……来週にでも越してきます。
でも知りませんよ?
どうなっても」
――その言葉の意味を思い知らされるのは、もう少しだけ先の話。
【終】
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