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第8話 右手と右手
三年生にとっては最後のホームルームを終えた後の校庭は文化祭並みに賑やかだった。
僕達在校生は卒業生を見送るという役目を任されており、それは最後の交流・思い出作りを学校側が許可したのと同義だ。
あちこちで記念撮影が行われ、花束が渡され、おめでとうの声が飛び交う。
一ヶ所に留まって動かない幾重もの人垣の中心は、もしかしなくても嵯峨野先輩だ。ひょっとしたら動きたくても動けないのかもしれないな、とも思う。
人垣を掻き分けて誰かが出て来ると、すかさずその隙間に花束を持った先輩のファンが押し入る。
僕はぼうっとその様子を、最後の最後まで大変そうだなぁ、と陽当たりも良く邪魔にもならないという最高のポイントでのほほんと眺めていた。
「ん?」
目の錯覚か気のせいか、あの人垣が近付いて来ているような……?
「いた! きみから来てくれるかなぁ〜なんて思ってたのに!」
団体を引き連れた先輩が珍しく上機嫌で拗ねていた。
いつもきっちりと締められていたネクタイはなかった。それでもカッターシャツのボタンが一つも外されていないのは実に先輩らしいと思う。
「え、と。あの、すみません?」
「きみにはお礼を言いたかったんだ。時間過ぎても図書室使わせてくれてありがとう」
「とんでもないです! 僕、そのくらいしかできなかったから」
ふふ、と短く笑った先輩が人垣から抜け出して、目の前に立つ。
マイクを通さない声はやはり耳通りが良い。
「きみだけなんだよ? がんばれって言わなかったの。嬉しかったなぁ。あ、あとね」
すっと差し出された右手を思わず握ると、何かが掌に当たった。
「きみのおかげで風紀委員に怒られなかったよ。ありがとう。要らないかもしれないけど、記念に」
受け取れ、と先輩が言っている。ほんの少し傾けた先輩の掌から僕へと小さな何かが移動する。僕は周りに気付かれないようにそれが何なのか確認する事なく軽く拳を握り、握手のようなものを終えた。
「先輩、卒業おめでとうございます。花もなくてすみません」
「いいよ、気にしないで。本当にありがとう」
晴れやかに笑う先輩は再び人垣の中へと戻って行った。
「お前、生徒会長と仲良かったっけ?」
「図書委員だから、そん時ちょっと、ね」
同じく邪魔にならないポイントで喧騒を眺めていたクラスメイトに話しかけられて、ごまかす。
僕は誰にも漏らさない。
少し離れた場所で同じように、主に卒業生に囲まれている雪島先生と後輩達に囲まれている先輩を交互に見遣って、僕はそっと握り締めた右手をポケットの中で開いた。
先輩から渡されたものが何なのかを知るのは、もう少し後で――。
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