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囚われの蝶

 江島(えしま)さんは図書館の司書をしている、穏やかで優しそうなお兄さんだ。  半年前、偶然この図書館に来た時に、彼という存在を知った。  とても背が高くて、整った顔をしていて、視力が悪いのか常に銀縁のメガネをかけている。  真面目。勤勉。そんな言葉がよく似合う。  そんな彼に一目惚れをした俺は、この図書館に頻繁に通うようになった。  どこからどう見てもモテそうな江島さんだけど、つきあっている人はいるのだろうか。それを探りたい気持ちもあって、話しかけて距離を縮めた。  最初は軽い挨拶から始まって、やがて雑談するようになり、そしてカフェでお茶を飲んだり、一緒に食事をしたりするところまではいけた。  だけど、つきあっている人がいるのかどうかは探れないままだ。いっそのこと単刀直入にはっきりと訊いたほうがいいのかもしれない。  そう思った俺は、江島さんを飲みに誘った。一緒に酒を飲むのはこれが初めてだ。  アルコールの力を借りて告白したい。そんな思いもあったのかもしれない。俺は浮足立った気持ちで、バイトが終わってから待ち合わせの場所へと向かった。  一緒に入った店は、間接照明に照らされた少し薄暗いバーで、大人の雰囲気がぷんぷん漂っているところだった。この店を指定したのは俺だけど、ネットで検索しただけで、実は入るのは初めてだった。内心気後れしながらも、隣にいる江島さんには見栄を張りたい気持ちで、慣れている素振りを装った。 「泰人(やすと)くんって何歳だっけ」 「え? 二十一です」 「そうか。もう飲める年なんだ。まだ十代なのかと思ってた」  江島さんがくすくすと笑った。俺は急に恥ずかしくなった。ガキっぽいかもしれないけど、もう大人だぞ。内心で少しムッとしたけど、顔にも態度にも出さないように気をつけた。  人目につきにくい奥の席へと座り、向い合せになった。店内が薄暗いせいか、急にキスしたい衝動にかられる。そこをグッとこらえて、まず口を開いた。 「江島さんて、つきあってる人いるんですか?」 「……ずいぶん単刀直入だね」 「今までそれとなく探ってたけど、ずっとはぐらかされてたんで。もうはっきりと訊かないとダメなんだろなと思って」  俺は努めて軽い口調で、ちょっと笑いながら、空気が重くならないようにと必死だった。はぐらかされてきた過去があるということは、ふられる確率のほうが高い。 「つきあってる人は、いないよ」 「そうなんですか」  俺は反射的に嬉しくなったが、あまり喜びすぎないように気をつけた。ぬか喜びになる可能性もあるからだ。 「じゃああの、好きな人はいるんですか?」  ちょうどその時、バーの店員が近づいてきたので、江島さんがジン・トニックを注文した。俺も同じものを頼んだ。 「好きな人? そんなこと訊いてどうするの」 「どうって……」  俺は返答に迷った。まだ飲んでいないけど、思い切って言ってしまおうか。  ごくりとツバを飲み込む。 「だって、俺、江島さんのことが、どうしても好きなんです」  言ってしまった。  まだ飲んでいないのに全身が一気に熱くなった。心臓が激しく鼓動を刻み、喉がカラカラになり、あちこちから汗が吹き出してくる。 「だから、俺とつきあってください」  ああ、言ってしまった。  江島さんは少し困ったような顔で俺を見ていた。 「どうして君が、こんな僕なんかと……」 「こんな僕? 何を言ってるんですか。あなたほど素敵な人はこの世にはいません。一目惚れなんです。それからずっとあなたを見てきました」  江島さんは、ふぅ、と息を吐いた。ため息に似ていた。 「僕はとても用心深くてね。好きと言う言葉を安易には信用しないんだ」 「えっ……」  江島さんからそれまでの柔らかな笑顔が消えて、急に真顔になった。 「何か証明できることを提示してほしい」 「しょ、証明……?」  俺は内心で慌てた。好きの証明。って、どうやって?  必死で考えた。好きの証明。好きの証明。今すぐ提示できるもの。 「ジン・トニックです」  バーの店員がテーブルに、二人分のジン・トニックを置いていった。  俺はぐいと飲み干し、力を込めて空になったグラスをテーブルに置いた。  好きの証明。これしかない。 「一緒にトイレに来てください」 「え?」  江島さんをトイレの個室に連れ込んだ俺は、彼のベルトに手をかけた。 「ちょっと待って。いったい何をする気……」  慌てる江島さんを制するように、俺はまっすぐ彼を見つめた。 「だから証明です。好きの証明」  彼のベルトをカチャカチャと外した。 「やめて、それだけは……」  何をする気なのか察したらしい、江島さんが止めようとする。俺は止まらなかった。 「証明します。俺がどれだけ江島さんのことが好きなのか。本気です」  彼のベルトを外すと、ジッパーを下げた。江島さんが呆れたような声を出す。 「せっかちだね、君は」  ため息混じりの声だった。どうやら抵抗を諦めてくれたらしい。  俺は彼の足元にしゃがみ、勝手に下着の中からまだ萎えているものを引っ張り出して、大きく口を開けた。  根本を手で上下にしごきながら、舌も使い、口に含んだものを執拗に出し入れする。歯が当たらないように気をつけた。  あっという間にそれは硬くなり、大きくなった。先走りの蜜が溢れ始める。  静寂の中で、俺が奉仕する濡れた音だけが辺りに響く。江島さんの手が、そっと俺の髪に触れた。  やがて彼は切羽詰ったような息遣いになり、ぶるっと震えた。 「……うっ」  溢れ出した白濁を俺は喉の奥へといざない、必死で飲み干した。  江島さんの手が、俺の髪を撫でる。その手は優しかった。 「……本気にしてもいい?」  少しかすれた低い囁き。 「本気に、してください」  俺は吐息混じりに答えた。 「わかった。本気にする」  江島さんが小さく笑った。完敗したような響きだった。  その後、トイレから出た俺たちはすぐに店を後にし、スマートフォンの地図検索で、男同士でも入れるラブホテルを探した。幸い、近くで見つかった。  部屋に入ると、江島さんが急に積極的になったから驚いた。俺の身体を抱きしめてきて、濃厚なキスをくれる。俺はくらくらする頭で、熱に浮かされたようにされるがままになった。  どっちがヤるかヤられるかの話はしていなかったのに、気づけば俺は江島さんの下に組み敷かれていた。俺、ヤる側のつもりだったんだけどな。まあいいか……。  俺の服を脱がしながら、江島さんが問いかけてくる。 「泰人くんは男とするのは初めて?」 「……いや、ヤる側ならあります」 「やっぱり。フェラ上手かったもんね」  褒められてドキリとした。下手と言われるよりは上手いと言われるほうが嬉しいに決まっている。  乳首に江島さんの唇が触れ、どぎまぎした。濡れた舌に刺激され、なんとも言いようのない甘美な快感に浸った。  濃厚で甘い前戯に意識が飛ぶ。江島さんは上手かった。 「入れるよ」  さんざん指でほぐした場所に、とうとう江島さん自身が来た。俺の全身は歓喜に震え、生まれて初めて尻で男を受け入れた。  ベッドがギシギシときしむ。江島さんが腰を動かすたびに俺の身体が揺れる。俺の小さな孔は彼でいっぱいになり、むりやり開かれる悦びに酔いしれた。  奥のほうまで届く先端に腰ががくがくと震え、どうしようもない快楽へと引きずり込まれていく。  意外と江島さんにはためらいや戸惑いがなく、不思議と手順も心得ていた。もしかしたら初めてじゃないのかもしれない。  正常位や後背位や騎乗位を一通り実行され、俺は身も心もすっかり蕩けきっていた。 「泰人くん、君の身体は極上だね」  江島さんが俺の背中から腰へと唇を這わせる。くすぐったい反面で、ぞくぞくした。 「君はもう俺だけのものだ」  ああ、俺は江島さんのものになったんだ。  幸せでたまらない。 「君をもっと鳴かせたい。快楽から逃れられない身体へと変貌させたい」  江島さんが妙なことを言った。  俺は戸惑いながら顔をあげた。江島さんはまっすぐに俺を見ていた。 「俺だけに見せる顔、見せてよ」  危険な目の色だった。まるで獲物をつかまえた猛獣のような。  俺は激しく戸惑った。これは、誰だ?  俺の知っている江島さんじゃない――。  彼は薄く笑った。俺は反射的に、吸血鬼に噛まれる寸前の令嬢のような気分になる。  殺されるのかもしれないと思うような恐怖で全身が震え、江島さんの目から視線を外せなくなった。ヘビににらまれたカエルのように。  酷薄な笑みを浮かべたまま、そっとメガネを外し、江島さんは口を開いた。 「調教開始だ」 「……え……」 「覚悟してくれ。君はもう俺だけのものなんだから」  そう告げると江島さんは、ベッドの脇にあった俺のシャツをつかみ、あっという間に俺の腕を縛りあげた。さらに江島さんが脱ぐ前に身に着けていたネクタイをつかみ、俺は目隠しされた。  うつ伏せの姿勢からぐいっと腰だけを持ち上げられ、後背位の姿勢になる。いきなり後ろから突き入れられて、反射的にうめいた。 「うっ……あっ」 「たっぷり可愛がってやるよ、泰人」  江島さんはそう囁くと、ねっとりと腰を動かし始めた。 「俺はこの瞬間が来るのをずっと待ってた。目に見えない蜘蛛の糸を張り巡らせて、君が美しい蝶のように引っかかるのをずっと待ってたんだ」  江島さんが嬉しそうな声で、ぞっとするような告白を始めた。 「君がこの半年間ずっと俺に好意を持ってくれていたことは知っていた。熱い眼差しを感じるたび、俺はこの日のことを思い描いていた。どうやって鳴かせてやろう。そんなことばかり考えていたよ。君のほうから飛び込んでくるのをずっと待っていた。つかまえたからには逃さない。君は永遠に俺だけのものだ」  目隠しされ、腕を拘束され、後ろから突き上げられていると、今が現実なのか夢なのか、だんだんわからなくなってくる。研ぎ澄まされる快感ばかりが脳を占めて、江島さんの告白の内容がよくわからなくなってくる。  気持ちよさに溺れると、すべてがどうでもよくなってきた。  江島さんに愛され、抱かれている。その現実さえあればいい。そう思った。 END

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