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第1話

 放課後。  ひと用事済ませて教室へ戻りドアを開けると、泉原康太郎がひとりチョコレートを(かじ)っていた。 「よお、尾嶋。どこ行ってたの?」  手についたチョコを舐めながら問い掛ける。 「……ちょっとな」  そのままUターンして俺が扉を閉めると、 「おっ、おい! 待てよ!」  あたふたと荷物をまとめ、泉原は慌てて追いかけてきた。 「おーい、尾嶋。なんか用事でも頼まれたの?」  片手で鞄を持ち、そしてもう片方の手にはラッピングされた菓子の沢山入った袋をぶら下げて、泉原は俺の後ろにくっ付いてくる。  特にびっくりする事ではない。泉原は外観も良いし、性格も明るく、友達も男女問わず多い。だから今日、チョコレートを渡す女子が沢山居てもおかしくはない。  ただ、それを受け取っていたのが、俺はちょっと意外だっただけで。 「お前さぁ、寒くないのか?」  振り返って俺は尋ねた。急いで準備したからか、泉原はコートも適当に羽織(はお)っただけで、マフラーも手袋もしていない。 「平気だよ、学校から走ってきたし。ひとりぼっちで尾嶋を待ってる教室内はひんやりしてたけど」  にこにこと笑いながら、また恥ずかしい言葉を投げる。 「放課後さ、どこ行ってたんだよ?」  ふっと笑顔を消して、泉原は尋ねた。苛ついた態度を取る俺を心配してるのか?  「……図書室」  隠していても仕方ないか。それに、向こうは大量にそれを持ってるし。 「本借りてたのか?」 「いや……昨日、靴箱の前で、頼まれて……違うクラスの、女子数人に」  ぼそぼそと説明すると、泉原は首を傾げた。 「頼まれたって、またインタビューされたのか?」 「今日が何日か知らねーのか? 大体お前もさっき食ってただろ、それ渡されたんだよ!」  泉原のぶら下げる袋を指さして、思わず怒鳴った。すると途端に恥ずかしくなり、また背を向けて速足で歩く。 「あぁ、バレンタインのチョコレートか。それならそれって、すぐ言えばいいじゃん」 「言い難かったんだよ」 「なんで? 今日は友達から貰ったチョコ食う日だろ」  泉原は喋りながら、べりっと包みを開けると、ぼりぼり菓子を齧り始めた。こいつの脳内カレンダーではそう定義されてるのか。 「俺は……貰わなかった」  足を止めて言うと、泉原が俺の目の前まで進んできた。菓子を頬張って、疑問の眼を俺に向ける。 「本命だ、とか言われたから。受け取ったらまずいだろ」 「そうだな」  驚いたのかは分からないが、泉原はそれ以上言葉を返さなかった。  俺も驚いた。俺、尾嶋竜司が同性愛者だ、というのは全校に知れ渡っていると思っていたから。それなのに、見ず知らずの女子ひとりが、「好きです」という言葉と一緒に、力一杯(ちからいっぱい)菓子を差し出してきた。  「ちゃんと、付き合ってるひとが居るから、って断ったからな」  菓子の袋を漁っていた泉原は、その言葉に反応して、顔を上げる。 「それって、俺の事?」 「当たり前だろ。他に誰が居るんだよ」  ぼうっと動きを止めていたが、はっと手にした菓子の袋を見て、 「これっ、俺も受け取らなきゃ良かったか? 明日にでも返そうか?」  あたふたと問う。 「いまさら言っても……もう結構食ってるだろ? 残ってるひとにだけ返すのも悪いだろうが」  笑いながらツッコむと、泉原も笑った。 「よかった、尾嶋が笑って。ずっと冷たい目してたからさ。チョコ断った女子に、なんか言われたのかよ?」 「いや、そのひとは、さっぱりした表情して『わかりました』って丁寧に対応してくれたけど。教室戻ったら、お前がチョコレート食ってたから……」  そこで俺が口を閉ざすと、泉原が俺の顔を覗き込んできた。 「もしかして、やきもち焼いてたの?」 「…………」  流石に、そうだよ、とは言えない。だけど、ここで強く言い返しても、余計嫉妬してる風に見えるか。 「嬉しいな。バレンタインに、竜司が俺にやきもち焼いてくれるなんて、どんなケーキ焼いてくれるより美味しいぞっと」  「何をまた恥ずかしい事言ってんだよ」  満面の笑みを浮かべる泉原の頬を小突いた。 「それにしても、顔真っ赤だぞ、康太郎。大丈夫かよ?」  さり気なく下の名前で恋人を呼んで。俺も頬が赤くなっているだろうが、気にせずにふたり一緒に笑った。

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