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オマケSS/pale

「洸太郎~お隣さんに挨拶にいくわよ」 「は~い」  僕のお父さんは1年前に天国にいった。死んでしまったと言われても実感がわかなかったけど、1年もたつと「居なくなった」ということがどういうことかわかる。僕とお母さんで何でもしなくちゃいけない。僕の頭をなでてくれる大きな手はない。  お母さんは半年の間ずっと泣いていた。突然のことだったから諦めがつかないのって言ったけど、僕にはあまりわからなかった。お父さんもいなくなって、お母さんは別人みたいだった。  ただ、ただ毎日寂しかったんだ。このままだとお母さんも居なくなってしまうんじゃないか……僕はものすごく怖かった。  寂しさを忘れたくて本をたくさん読んだ。学校の図書室にある本を棚の端から読んでいく。皆はゲームをしたり外で遊んだりしていたけど、僕はずっと本を読んでいた。そこには楽しいことや明るいことがたくさんあった。  そんな時、先生に一冊の本を渡された。 「6年生くらいで読んだほうがいいのかもしれないけれど、たぶん君なら読めるだろう」  その本は『太陽の子』という女の子が主人公の物語だった。僕は本を読んで初めて泣いた。声をあげて泣いた。  主人公の女の子「ふうちゃん」は強くて前を向いていた。周りの大人達と一緒に毎日を暮らしていた。心が病んでしまったお父さん。ふうちゃんはお父さんが大好きだった。でもそのお父さんは……僕にはわかる、その意味が。  ふうちゃんのお母さんは僕のお母さんと違っていた。僕はふうちゃんと、ふうちゃんのお母さんのようになりたかった。  学校から帰って、お母さんに「太陽の子」を渡した。 「洸太郎、これはなに?」 「僕とお母さんがでてくるよ」 「私たちが?」 「だから読んで!」  僕はお母さんに無理を言ったことがない。だからお母さんは少し驚いた顔をしている。 「読んで!」  お母さんは黙って僕の手から本を受け取った。  本を渡してから3日後。朝起きたら、お母さんはお化粧をしていた。 「お母さん、おはよ」 「洸太郎、ごめんね」  お母さんは僕の前にしゃがんで言った。 「お母さんちゃんとする。随分長い間、洸太郎をほっておいたわね、ごめん」  お母さんは、本を読んでくれたんだ。きっと僕の願いがわかったんだ、そうだよね? 「僕はふうちゃんみたいになりたいんだ。だからお母さんもふうちゃんのお母さんみたいになってよ」  お母さんの目から涙が零れた。 「お母さんが居なくなったら僕はどうすればいい?」  僕達はお父さんが居なくなってから、初めて抱き合って泣いた。また僕とお母さんが一緒になった。  お母さんはそれから仕事をみつけて働きはじめた。僕はお母さんの手伝いをたくさんする。だってうちにはお母さんと僕しかいない。そしてお父さんが居なくなって1年するころ、お母さんは小さい家を買った。 「お父さんが残してくれたお金を形にしなくちゃね。形にしたらずっと一緒にいれそうでしょ?」 そして僕達は引っ越した。 「隣に引っ越して来た村井と申します」  お母さんの横に立って僕は黙っていた。 「あら、まあ、ご丁寧に、わざわざどうも」  小さい菓子折りを受け取るおばさんは飾り気がなく優しそうな人だった。 「いくつなの?」  僕は初めて会う人に話すのが苦手だ。「これからご近所さんになるのよ」ってお母さんが言ったのを思い出す。少し小さい声だったけど、僕はおばさんに答えた。 「10歳です。洸太郎といいます」 「そう、うちのバカ息子と一緒だわ。学校も一緒にいったらいいわ。同じクラスになれるといいわね」 「はい」  消え入りそうな声で答える。僕と友達になってくれるかな。  翌朝僕は新しい学校に行くために用意をしていた。お母さんも仕事に行くために支度をしている。僕らは朝ごはんを食べながら、新しいスタートをしようとしていた。 「友達、早くできるといいわね」 「うん」 「お隣の紀伊さんのお子さん。名前聞くのわすれちゃったわね」 「ほんとだね。ごちそうさま」  僕はお皿をさげて洗う。僕のうちは自分の皿を自分で洗うんだ。そしたらお皿がたまらないってお母さんが言ったから。だからシンクはいつも空っぽだ。  僕は出かけるために靴をはく。 「いってきます」 「いってらっしゃい~」  僕は玄関をでた。そこに男の子がいる。黒い髪と黒い切れ長の目、ちょっと不機嫌そう。 「あ、あの……」 「おはよう、俺、さとし」 「お、おはよ」  僕達は互いを見たまま黙りこくる。僕はどうしていいのかわからなかった。この人は誰? 「隣に越して来たんだろ?俺、紀伊聡。学校にいこう」  にっこりほほ笑んだ彼は今までの印象が変わって、とても柔らかい。少し安心して僕も言った。 「村井洸太郎だよ。同じクラスになれるかな?」  さあ、どうかな。そういって歩き出したから、僕は急いで並んで歩く。 「お前父ちゃんいないのか?」  いきなり聞かれて戸惑う。 「う、うん。死んじゃったんだ」 「そっか」  いきなり手が伸びてきて僕の手が握られた。 「じゃあ、今日から一緒に遊ぼうぜ。悲しいが減るだろ」  僕はふいに泣きそうになった。ぎゅっと手を握り返す。 「ありが、とう……さとちゃん」  僕の心に小さな灯りがともった。これが何だかわからなかったけれど、ひとつだけ確信があった。  これはきっと消えない……僕と一緒に生き続けるんだ。  僕が少しだけ大人になる頃「かけがえのない存在」の意味を知ることになる。 <pale おしまい>

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