22 / 28

遠隔 1

今日は佳暁様は一泊で出張に出掛けることになっていた。 いつも通り、護がそれについていくので、オレと聡が留守番だ。 「いってらっしゃいませ」 聡と二人で玄関に見送りに出ると、佳暁様は「いってきます」と答えた後に、聡に向かって「じゃ、後でね」と言った。 その時はオレは、後で電話する約束でもしているのかなと思って、深く考えることはしなかったのだが。 「ああ、健太。  今日もいつも通り風呂で準備しておけよ」 夕食も終わりに近づいた頃、いきなり聡にそう言われて、思わずオレは「はあ?」と声を上げてしまった。 「佳暁様がテレフォンセックスをしてみたいそうだ。  インターネット回線のテレビ電話を使うから、テレフォンセックスって言っていいのか分からないが」 「えっ……」 そう言われて、佳暁様が朝出掛けるときに「後で」とおっしゃっていたことを思い出す。 それでは聡は、最初からそのことを知っていたのだ。 「なんでそれ、こんなギリギリになってから言うんだよ……。  佳暁様も先に言っておいてくれたらいいのに……」 「俺が言わないでくれって頼んだんだ。  先に聞いておいたらお前は一日中緊張するはめになるだろうから、かわいそうだからって」 「う……」 それは……確かにそうかもしれない。 実際に今、聡にテレフォンセックスのことを聞かされて、すでにちょっと緊張しているのだ。 もし朝から聞かされていたら、今日一日中、聡と顔を合わせるたびに、変に意識してしまって大変だったかもしれない。 「……嫌なら、今からでも佳暁様に断るか?」 「断るのはいやだ。  だって、佳暁様がやりたいっておっしゃったんでしょ?」 そう言うと聡はうなずいたので、オレは「じゃあ、やる」と重ねて言う。 「分かった。  じゃあ、準備して9時前に佳暁様の寝室で」 オレがうなずくと、聡は軽くうなずいて、それから「ごちそうさま」と言った。 「もう少し仕事を片付けてくるから、後でな」 「うん」 そうして聡はダイニングを出て行った。 もしかしたら、オレを気づかって一人にしてくれたのかなと思いながら、オレは食器を片付け始めた。 約束の時間に佳暁様の寝室に行くと、聡はベッドの側にテーブルを移動して、ノートパソコンを準備していた。 「丁度よかった。  カメラの位置合わせるから、ちょっとそこに座ってみてくれ」 「うん」 聡に言われて、オレはバスローブのままベッドに上がってパソコンの前に座る。 聡が位置を調節しているパソコンの画面には左半分にオレの姿が表示されている。 「それ、通話中もこっちの姿って画面に映るの?」 「ん? それは一応設定で消すことも出来るが」 「じゃあ、消しておいてよ」 「それはだめだ。  お前がちゃんと色っぽく映ってるかどうか、確認しないといけないから」 聡は真顔でそう言ったが、オレにはどうもその言葉が信じられなかった。 「そんなこと言って、自分が見たいだけだろ。  だいたい、聡はわざわざ画面で確認しなくても、ちゃんとオレのこと色っぽくみせられるじゃん」 オレがそう抗議すると、聡はなぜか嬉しそうに微笑んだ。 「ばれたのならしょうがないな。  分かったよ。  けど、うっかり位置がずれるといけないから、一応小さく表示しておいていいか?  これくらいで」 そう言って聡が設定しなおした画面の大きさは、表情などの細かいところは見えないようなサイズだったので、それなら、とオレはうなずく。 「そろそろ脱いどく?」 パソコンの設定を終えた聡がマウスを持ってベッドに上がって来たので聞いてみると、聡は少し考えてから首を横にふった。 「いや、向こうの様子見てからにしよう。  もしかしたら始める前に話でもするかもしれないし」 「そうだね、わかった」 そう答えてしまうと、後は特に話すこともなくなってしまった。 二人で黙り込んでしまうと、妙に聡の存在を意識してしまう。 すぐ後ろに座っている聡は、今はまだ、オレに触れてはいない。 けれどももうすぐ、佳暁様がログインしてきたら、聡はオレに触れる。 画面の向こうには佳暁様と護がいるとはいえ、聡と二人だけで抱き合うのは一番最初の時以来なのだ。 それを意識すると、どうしても変に緊張してしまう。 黙っている聡は、今、何を考えているのだろう。 気になって後ろを振り返ろうとしたけど、それを知ってしまうのも怖い気がして、結局オレは振り返ることが出来なかった。 すごく長い沈黙のように思えたが、実際に待っていた時間はそれほど長くなかったと思う。 やがて、パソコンから小さな音がして、佳暁様がログインしてきたことを知らせた。

ともだちにシェアしよう!