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第2話

「―― 佐東さん、起き上がっていいですよ」   患者が起きあがり洋服のボタンを締めている間に   指導医・新庄は、カルテへ薬品名を書き込んでいる   倫太朗は後ろからそれを見ながら、   医薬品の名称などを手早くメモをする。 「同じ薬品を出しておきますから、一日二回食後に  服用して下さいね。あとは、注射しておきましょう」   衣服を整え、再び椅子に座った患者に新庄が   言った。 「麻衣ちゃん。強ミノを2A(アンプル)お願い」   そして、背後にいるピンクの白衣の看護師に   向かって、ボソリと指示を出す。   倫太朗は、それも書き留めた。 「桐沢先生、注射」 「え? あ、はい」 「先生、すみません。お願いします」   メモに集中していた倫太朗は、新庄に不意に名前を   呼ばれ、驚きつつも返事をした。   そして、看護師から薬剤が注入済の注射器を   受け取る。 「あぁ ―― 血管が出にくいんですねぇ。ちょっと、  痛みますが、手の甲に注射しますね」 「はい」   倫太朗は、患者の左腕を触りながら、冷静に言う。   普通なりたての研修医は、   注射に対しまだ慣れていないので、下手である。   しかし倫太朗は、手馴れた動きで手の甲を消毒し、   注射を打った。   その様は、誰が見ても安心してみていられる。   なぜなら祖父や父が生きてた頃に倫太朗は、   注射と縫合は2人に教わっていたので、   その二つだけは得意なのだ。   「今度は、二週間後に来てくださいね」 「ありがとうございました」   新庄に言われ、患者は新庄と倫太朗に   一礼をして出て行った。 「でもホント、桐沢先生って注射お上手ですね。  初心者に見えませんでしたよぉ。あたしももっと  練習しなきゃ」   倫太朗の肩を後ろから掴み、   看護師が興奮したように言う。 「そう? どうもありがとう」   倫太朗が看護師の手をさりげなくどけながら   淡々と受け答えする。 「あー、麻衣ちゃん? あんまりその若先生を調子に  乗せないでくれる? 次の患者さん呼んで下さいな。  あ、それと桐沢先生、注射はしばらく任せたから」 「はい」   そんな何気ない言葉も    ”また一歩一人前の医師として”認められたようで   倫太朗は嬉しかった。   ***  ***  ***   注略・強ミノ(強ミノファーゲンC):   肝機能改善、アレルギー性疾患治療薬である。   静脈注射または点滴静注で投与する。

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