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犬も食わない

2018/07/28 ・置き手紙 ・ずぶ濡れ ・「だから目を離せない」 仕事から戻ると、いつもあるはずの温かな空気は見当たらず、代わりにあるのはテーブルの上の置き手紙。 『探さないでください』 シンプルに、用件のみ書かれた、貰い物のメモに書かれたその文字は、見覚えのある筆跡。 心臓が、ギュッと縮こまった。 ついに、とうとう、こんな時が。 震える手でそのメモを取り、メモの内容に反して勢いよくドアから飛び出した。 そりゃ確かに、昨夜は喧嘩した。 今朝もそのまま、仕事に向かった。 本当につまらないことだったと、今なら思う。 だけど、だからといって、こんな簡単にーー!? 「あっ」 マンションのエントランスで、探し人を早くも発見。 先刻から降り出した雨で全身ずぶ濡れになっており、手には小さな紙袋。 「どこ行ってたの」 血相を変えて詰問すると、困ったように微笑う。 「これ、買いに行ってたんです。あなたが好きな、駅前の…。一緒に食べたら、仲直りできるかなって」 その紙袋には確かに見覚えがあった。以前たまたま、一緒に立ち寄ったことのあるパティスリーのものだ。二人して美味しい美味しいと無心に食べ尽くした記憶が蘇る。 「…なら、これは何なの?」 握りしめていた例のメモを見せると、これまた困ったように身を小さくした。 「俺がいなかったら心配するかと思って、書き置きだけは残しておこうかなって」 「こんな文面、余計心配するよ!」 まだ少し震えが残る手で、ずぶ濡れの頬に触れた。 「そんなに狼狽えないでください、僕がそう簡単にあなたから離れるわけないでしょう?…ああ、もう」 紙袋を持っていない方の片腕で、きつく抱き寄せる。 「泣かないで…まったく、あなたという人は。これだから、目を離せない」 抱き寄せられ、安堵から嗚咽が何度もせり上がってくるのを懸命に飲み込む。 メモは手の中で小さくくしゃくしゃに丸められていた。

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